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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 19通目

レフ・ティルグ・ネイラ様
 
 大事件が起こりました、ネイラ様! 〈野ばら亭〉というか、カペラ家にとって、これ以上ないかもしれない大事件です。何と、何と、あのへたれのフェルトさんから、うちのお父さんに話したいことがあるって、面会希望のお手紙がきたんです!
 
 話の発端は、今日の午後でした。キュレルの街を守ってくれている、守備隊の総隊長さんが、うちの家を訪ねてきたんです。(うちの家は、〈野ばら亭〉と道路をはさんだ向かい側に建っています。お昼ご飯のお客さんたちが帰っていって、お父さんが一息ついたところに、知らせがきたんですって)
 
 総隊長さんは、大柄でいかつい感じで、ちょっと熊みたいな人です。でも、すごく優しくて、強くって、立派な大人です。子供たちの誘拐事件のとき、ネイラ様ともお話していたので、覚えてもらっているかもしれませんね。
 その総隊長さんが、きちんとした制服姿で、〈マルーク・カペラ殿に取り次ぎをお願いしたい。カペラ殿へ、手紙の取り次ぎに参りました〉っていったから、お母さんはびっくりしたそうです。だって、守備隊の総隊長さんっていったら、平民は平民だけど、街の名士の一人だから、手紙の取り次ぎとか、そうそう頼めないはずなんです。
 
 わたしの大好きなお父さんは、何だか嫌な予感がしたみたいで、〈会わない、手紙なんか受け取らない、知ったことか〉とかいって、お母さんに叱られたんですって。
 お父さんの名誉のためにいうと、お父さんは総隊長さんを尊敬していて、いつも〈立派な総隊長さんがいて、キュレルの街は恵まれている〉って話しています。そして、相手が誰であっても、お客様に失礼な態度を取ったりはしません。ただ、お父さんによると、〈父親としての本能が、俺に会うなといっていた!〉らしいです。
 
 お母さんに引っ張られて、お父さんは、嫌そうな顔で総隊長さんに会ったそうです。そして、総隊長さんが持ってきたのは、フェルトさんから、うちのお父さんに宛てた手紙でした。大切な話をしたいので、総隊長さんと一緒に、うちを訪ねる許可がほしいって。
 手紙には、お父さんとお母さんとわたしに、〈ぜひともお会いしたい〉って、すごく固い字で書いてありました。アリアナお姉ちゃん以外の家族に、わざわざ総隊長さんを仲立ちにしてまで! これって、交際か結婚の申し込みしかないですよね? ね?
 
 今日、わたしとアリアナお姉ちゃんは、学校に行く日だったので、どちらも家を留守にしていました。だから、この話を教えてくれたのは、わたしの大好きなお母さんです。お母さんは、エメラルドみたいに綺麗な瞳をきらきら輝かせて、とっても嬉しそうでした。
 アリアナお姉ちゃんには、一言だっていわなかったけど、わたしとお母さんは、いつもいつも、フェルトさんのへたれっぷりに憤慨してきたんですから。
 
 お父さんは……。今晩はめずらしく、外にお酒を飲みに行きました。晩ご飯のときも、引きつった顔で黙り込んでいて、アリアナお姉ちゃんに心配され、ちょっと涙目になっていました。
 わたしは、お父さんのことが心配で仕方ないんですけど、お母さんによると、そっとしておいた方がいいそうです。〈男親の悲しき宿命なのよ〉って。何のことか、わかりますか、ネイラ様?
 
 ともかく、二年もかけて一歩も進まなかった、お姉ちゃんとフェルトさんの関係が、一気に進展するかもしれません。お父さんは、来週には時間を作るって答えていたので、それまでは、どきどきしながら秘密を守っているつもりです。
 次の次の次くらいの手紙には、結果をお知らせできると思うので、ネイラ様も待っていてくださいね!(これで一切進展がなかったりしたら、さすがにもう、フェルトさんは失格です。そう思いませんか?)
 
 進展といえば、わたし、チェルニ・カペラは、ついに最初の山場を越えました。ガタガタの編み目ではありますが、真っ直ぐに編むことができるようになったんです! ショートマフラーの未来に、ほんのわずかばかり、明るい光が差してきました。頑張りますね。(勉強や読書の合間にだけ編んでいるので、負担にはなっていません。ご心配なく)
 
 
     ネイラ様に会うことを、次の約束にできないかと目論んでいる、チェルニ・カペラより
 
 
 
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お父さんっ子であるところも微笑ましい、チェルニ・カペラ様
 
 きみの書いてくれた手紙を読んで、わくわくとした気持ちになりました。天然記念物と呼びたいほど奥手だったフェルトさんが、ついに動き出したのですね。きみに見限られないうちに、行動を起こしてくれて良かったと、わたしまで、ほっと胸をで下ろしているところです。
 
 フェルトさんは、とても良き人のようですし、何よりも、きみの大切なアリアナお姉さんが、望んでおられるお相手ですからね。物事が円滑に進むように、わたしも、王都の地から進展を祈っています。(わたしの場合、本当に祈念してしまうと、いろいろと差し障りが生まれますので、あくまでも常套句として聞き流してください。すみません)
 
 きみの父上のお気持ちは、なかなかに複雑なのでしょうね。愛する娘を嫁がせる父親というものは、大変な葛藤があるものだと、話には聞いています。
 去年のことになりますが、わたしの伯父が、娘の一人を嫁がせました。婚姻の相手は、同じ王都の貴族家であり、いくらでも会える距離にいるというのに、ずいぶんと寂しがっていたものです。
 有能な政治家として有名な伯父が、婚姻の前日になって、〈やはり嫁がずとも良い〉などといい出して、家族からあわれみの眼差しを注がれていたくらいですから。
 
 ここまで書いて、少しだけ不安になりました。まさか、総隊長殿まで担ぎ出して、何も申し込まないなどということは、ありませんよね? フェルトさんに対しては、やや不安が残るものの、あの立派な総隊長殿が同行するのですから、大丈夫だと信じています。(総隊長殿のことは、もちろん、覚えていますよ。とても立派な人でした)
 もし、万が一、フェルトさんがへたれてしまったら、二人で打開策を考えましょう。気付けの意味で、少し〈雷〉でも落としてみた方がいいかもしれませんね。
 
 きみが、わたしと会うことを、約束としてくれるのであれば、とても嬉しく思います。そう遠くない未来に、きっと再会しましょう。約束ですよ。
 
 今日の王都には、一日中、少し冷たい秋風が吹きました。きみも、風邪などひかないように気をつけてくださいね。また、次の手紙で会いましょう。
 
 
     きみの編んでくれるものなら、編み目などは気にならない、レフ・ティルグ・ネイラ
 
 

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