見出し画像

連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 23通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 今、わたしは、サクラ色のショートマフラーを首に巻いて、この手紙を書いています。あまりにも綺麗で、神々しいマフラーですからね。いっそのこと、ずっと飾っておこうかと思ったのですが、それってネイラ様のご希望とは違いますよね? えいやって思い切って、普段使いにすることにしました!

 とはいえ、なかなか勇気が出ないのも事実なので、しばらくの間は、家で使うことにします。それで、自分でも慣れてきたなって思ってから、外で使わせていただきますね。

 もらった最初の日は、飾り棚の文箱ふみばこの横に飾りました。お母さんとお姉ちゃんと、王都に行ったときに買った、可愛い猫足の文箱です。(小さい方は、すぐにいっぱいになったので、ちょっと前から、お姉ちゃんが贈ってくれた大きい方の文箱に、ネイラ様からの手紙を入れています)
 お母さんに頼んで、新品の真っ白な絹のハンカチをもらって、その上に置きました。何だか、神々しく発光している気がするのは、きっと気のせいでしょう……。

 昨日と一昨日は、マフラーを枕元に置いて、手触りを確かめながら寝ました。ふわふわしているのが気持ちいいし、何だかいい匂いまでして、いつもよりも安眠できました。念のために聞きますけど、これも気のせいですよね、ネイラ様?

 しばらく枕元に置いておいて、時期が来たら、外でも使わせてもらうつもりです。第一候補は、王立学院の受験の日でしょうか。ネイラ様のショートマフラーが手元にあれば、心細くないし、落ち着いて受験できると思うんです。
 明日は、いよいよフェルトさんが家に来るので、気合を込めてマフラーを使いたいところなんですけど、まだ家の中は暖かいですものね。残念です。

 マフラーを見せて、ネイラ様からいただいたことを報告したら、アリアナお姉ちゃんは、ものすごく感心しつつ、喜んでくれました。お姉ちゃんによると、〈素晴らしい編み上がり。編み図も秀逸〉だそうです。鈴が鳴るみたいな声で、〈良かったわね、チェルニ〉って微笑んでくれて、とっても嬉しかったです。
 お母さんは、満面の笑みを浮かべて、お父さんの背中を、なぜかバシバシと叩いていました。叩かれたお父さんは、無表情で壁を見つめていて、ちょっとだけ怖かったです。お父さんってば、どうしちゃったんでしょうね?

 お父さんといえば、守備隊の総隊長さんを通して、ネイラ様にお礼のお手紙を出すと思います。わたしが、自分でお礼をいうって伝えたんですけど、それとこれとは別の問題なんですって。
 ネイラ様が、マロングラッセを気に入ってくれたことを伝えたら、追加のマロングラッセと、ブランデーケーキを用意するそうです。
 お父さんのブランデーケーキは、わたしには一口しか食べさせてくれないくらい、お酒の風味の強いケーキです。すごくしっとりしてて、お母さんによると〈芳醇ほうじゅんの極地〉らしいので、召し上がってください。(けっこう日持ちがするので、一カ月くらいはおいしく食べられます)

 明日、フェルトさんが家に来るときは、グレーのワンピースを着ることにしました。わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんが、ネイラ様の赤いリボンで、さっそく髪留めを作ってくれたので、お守り代わりにそれも使うつもりです。
 もちろん、すぐに結果を報告しますので、楽しみにしていてくださいね!(楽しみにしてもらっても大丈夫だと思います。多分)

 では、また。次の手紙で会いましょうね!

     マフラーのおかげで、今日もよく眠れそうな、チェルニ・カペラより

        ←→

家族思いなところが微笑ましい、チェルニ・カペラ様

 枕元に置いてくれるほど、マフラーを気に入ってくれて、とても嬉しく思います。こういう形の喜びは、初めて経験しましたので、新鮮な驚きを感じています。

 考えてみると、これまでのわたしには、人に何かを贈ったという経験がなかったのかもしれません。
 家族や親族、少数の親しいもの達に対しては、必要に応じて贈答品を用意してきました。しかし、それは〈用意した〉のであって、相手のことを考え、時間と手間をかけ、相手の反応を楽しみにして〈贈る〉ことと、同じではないのでしょう。

 わたしには、〈げき〉としての立場があり、誰かに何かを贈ると、〈神授しんじゅ〉と見られる可能性があります。場合によっては、それが権力に結びついてしまうのが貴族社会なので、無意識に歯止めをかけていたのだと気づきました。
 きみに贈ろうと、ショートマフラーを編むのは、楽しい経験でした。初めての編み物で、戸惑うこともありましたが、その戸惑いでさえ、生き生きとした〈人としての営み〉を感じられる瞬間だったのです。
 何かを贈りたいと思う人がいれば、〈覡〉であることにとらわれず、自由に贈り物をして、相手を喜ばせたい……。こんな当たり前の気持ちを、一回り近く年下のきみに教えてもらいました。ありがとう。

 今は、父と母と伯父に頼まれて、それぞれにショートマフラーを編んでいます。紅い鳥が了解してくれたので、赤い毛糸も使って。
 母には、きみと同じ毛糸で、別の形のものを編んでいます。父と伯父は、王城に行くときにも使いそうな危険性を感じたので、灰色の毛糸を取り寄せて、そちらを使うことにしました。灰色の毛糸の中に、赤い毛糸の光が瞬くのも、なかなか美しいものですよ。

 そうそう。きみにショートマフラーを贈ることは、先にきみの父上に伝えて、了解を得ています。未成年の令嬢に、保護者の許可なく何かを贈ることはできませんからね。
 父上は、〈高価なものならご辞退したい。ここでいう高価とは、王国騎士団長閣下にとっての高価ではなく、平民の少女にとっての高価です〉と、返事をくれました。いつもながら、きみの父上は、行き届いた配慮をする方だと、感心しました。

 サクラ色のショートマフラーは、わたしの手作りですし、材料は毛糸なのですから、誰にとっても高価とはいえないでしょう。
 きみがそうであるように、わたしにとっても、きみの父上の言葉は重いものなので、今後とも提言には従うつもりです。

 さあ、そして、この手紙が届く頃には、フェルトさんの来訪が終わっているのですね。きみからの次の手紙を、とても楽しみにしています。

     ブランデーケーキが楽しみで仕方ない、レフ・ティルグ・ネイラ

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!