連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 58通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
お早うございます! 今回の手紙は、町立学校に行く前の時間に書いています。お父さんが作ってくれた、すっごくおいしい朝ご飯を食べたので、わたしは、今日も元気いっぱいです。ネイラ様はどうですか?
どうして、朝のうちに手紙を書こうと思ったかというと、ちょっと面白い光景を見たところなので、お知らせしたかったんです。もう通常授業は終わっているから、町立学校に行くのは、わりとゆっくりで良いですしね。
ネイラ様は、アリアナお姉ちゃんの子雀を覚えていますか? アリアナお姉ちゃんが、美少年のアリオンお兄ちゃんになって、フェルトさんと行動を共にしていたとき、胸ポケットに入っていた子雀ちゃんです。スイシャク様の御使いとして、わたしがフェルトさんたちの状況を見るときの、〈目〉になってくれていましたよね。(あれ? わたし、子雀ちゃんのこと、手紙に書きましたっけ? あんまり手紙の数が多くなったので、ときどき何を書いたのか、わからなくなっちゃうんです)
スイシャク様の場合、特定の眷属はいないみたいで、いつもは近くにいる雀が、交代で〈目〉を担ってくれるんですが、子雀ちゃんだけは、何日間もアリオンお兄ちゃんの胸ポケットに入って、行動を共にしていたんですよ。
クローゼ子爵家の事件が、一応の解決を遂げて、アリオンお兄ちゃんがアリアナお姉ちゃんに戻ってから、子雀ちゃんは、空へ飛び立っていきました。雀なんだから当たり前なんですけど、ちょっと寂しかったし、アリアナお姉ちゃんなんて、エメラルドみたいに綺麗な瞳に涙を浮かべていたくらいです。
ところが、今朝、おいしい朝ご飯を食べていると、窓の外に子雀ちゃんがいたんですよ! 小ちゃくて、可愛くて、真っ黒な瞳をうるうるさせた子雀ちゃんは、窓枠にとまって、じっとアリアナお姉ちゃんを見ていました。
冷静に考えると、雀って、みんな同じに見えますよね? でも、わたしたちは、一目で子雀ちゃんだってわかったし、スイシャク様も、ふっっすす、ふっすすって、肯定の鼻息を吹きかけてくれたんです。
アリアナお姉ちゃんは、喜んで窓を開けて、子雀ちゃんを招き入れました。お姉ちゃんの手から、パンのかけらをもらいながら、満足そうに膨らむ子雀ちゃんは……ちょっとだけ、様子が変わっていました。
小さくて可愛いのは同じとして、茶色の濃淡になっている羽根の中に、ちらほらと純白の羽根が混ざっていたんですよ。スイシャク様は、すぐにイメージを送ってくれました。〈我が司りし雀の内、頭抜けて賢き者なれば〉〈其が姉たる衣通に懐きたる〉〈衣通が身を守りし一助として、近しくあるを望むもの也〉って。
つまり、雀たちのなかでも特別に賢い子雀ちゃんは、アリアナお姉ちゃんが大好きになったから、お姉ちゃんのそばにいてくれるみたいなんです。子雀ちゃんがいたら、いつでもお姉ちゃんの様子がわかるし、何かあったら、すぐにスイシャク様に知らせてくれるそうです。もう、ありがたくてありがたくて、わたしとお父さん、お母さんが、深々とスイシャク様に頭を下げたのは、いうまでもありません。
子雀ちゃんは、いつもわたしに抱っこされているスイシャク様と違って、お姉ちゃんの胸ポケットに入ったり、部屋の中にとまったり、空を飛んでいたり、自由に過ごすみたいです。アリアナお姉ちゃんが、家の外に出かけるときだけ、近くにいてくれるんですって。
そして、そんな子雀ちゃんは、やっぱり普通の雀ではなくなってしまいました。一回や二回、スイシャク様の御使いとして働くならともかく、長くそのお役目を務めていると、眷属の扱いになって、ほんの少しだけ霊力を授かるんだそうです。子雀ちゃんてば、わたしたちのせいで、存在のあり方が変わっちゃったんですね……。
ということで、子雀ちゃんのことを書くだけで、予定の行数になってしまったので、そろそろ学校に行ってきます。では、また、次の手紙で会いましょう。人が〈人でないもの〉になるとどうなるのか、教えていただくのを楽しみにしていますね。
子雀ちゃんと〈眷属仲間〉になったのか、少し悩んでいるチェルニ・カペラより
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正しく□□□□□□□□の眷属たるチェルニ・カペラ様
朝から楽しい手紙を送ってくれて、ありがとう。小さな雀にパンを食べさせている姉上と、それを嬉しそうに眺めているきみの姿が目に見えるようで、とても微笑ましい気持ちになりました。
そして、きみの父上のパンを口にできる子雀は、本当に幸せ者ですね。パヴェルや王国騎士団の者たちから、何度も父上の焼き立てパンの話を聞かされて、少し辟易としていたところでしたからね。雀を羨ましく思う日が来るとは、想像もしていませんでした。いつか必ず、きみの愛する〈野ばら亭〉にお邪魔しようと、決意を新たにしています。
アリアナ嬢の胸ポケットに入っていた子雀が、〈スイシャク様〉の眷属になった原因の一つは、クローゼ子爵家の息女であったカリナ・クローゼが、〈鬼成り〉したことだろうと思います。目の前で〈鬼成り〉の穢れに晒されたら、恐怖と嫌悪感のあまり、子雀の小さな心臓が止まってもおかしくはありません。
慈悲深い〈スイシャク様〉であれば、当然、神力によって子雀を守ったのでしょうし、神力を注がれた子雀は、たとえ大河の一雫ともいえる力だったとしても、雀を超えた眷属へと変質させるには、十分なものだったのです。
ちなみに、人が〈人でないもの〉に変わるのも、変質の一つです。恨みや憎しみ、悲しみや絶望が深ければ、人は〈鬼成り〉して鬼となります。また、〈鬼成り〉するほどの情念のないまま、魂を穢し続ければ、魂魄は形を留められずに粉々に砕け散り、大気に漂い出るのです。
砂粒よりも細かな塵となった魂魄は、すべての記憶と意識を失い、黒い〈穢れ〉そのものとなって、新たな人の心に沈殿していきます。心正しい者であれば、穢らわしい塵など、決して寄せ付けはしないのですけれど。
それにしても、きみが気軽に描いてくれた手紙を読むのは、大きな喜びですね。また、次の手紙で会いましょう。
きみと文通を始めてから、街にいる雀が気になり出した、レフ・ティルグ・ネイラ
追伸/
きみの父上が送ってくださった、特製ベーコンと魚の燻製は、正に絶品でした。父と二人、あまりのおいしさに唸りながら、楽しく酒杯を傾けています。ありがとう。