連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 74通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
わたしは今、王都の新しい家で、この手紙を書いています。王都の新しい家、王都の新しい家ですよ、ネイラ様! 今朝、王都に出てきたと思ったら、もう住む家が決まっていて、生活する準備まで整っていたんだから、びっくりしちゃいますよね?
今回、わたしと一緒に王都に来たのは、うちの家族とフェルトさん、総隊長さん、なぜか使者Bと良い感じになっているルルナお姉さん。それから、〈野ばら亭〉の料理人のルクスさんです。ルクスさんのことって、わたし、手紙に書いたことがあったでしょうか?
ルクスさんは、お父さんの片腕として、〈野ばら亭〉を切り盛りしてくれている、凄腕の料理人で、わたしやアリアナお姉ちゃんにとっては、年の離れたお兄ちゃんみたいな人です。孤児だったルクスさんは、うちのお父さんとお母さんを、本当の両親みたいに慕ってくれているから、わたしたちも妹なんですよ。
いつも側にいてくれる、スイシャク様とアマツ様は、もちろん、今回も一緒です。王都に向かう馬車の中では、二柱とも窓に張り付いて、ずっと外の景色を眺めていました。馬車での移動がめずらしかったみたいで、〈不自由なる旅路を楽しまん〉って、丸くて可愛いお尻と、すんなりとしたかっこ良いお尻を、ふりふりしていました。
王都の新しい家は、王都の中心地にあって、前の通りからは、王城の純白の尖塔が見えています。近くには、貴族の人たちが住んでいる、貴族街って呼ばれる地区もあるそうなので、王城周辺の一等地なんだと思います。(もしかすると、ネイラ様のお屋敷も、近くにあったりするんでしょうか? そう考えるだけで、何だかちょっとどきどきします)
家そのものは、周りのすごい大邸宅に比べると、こじんまりとしています。でも、その分だけ庭が広くって、焦茶色の煉瓦の壁と、大きな白い張り出し窓の連なる外観が、とっても可愛らしいんです。売り出されてすぐ、お母さんが即決で買い取って、水回りや内装を新しくしてくれたので、どこもかしこもぴかぴかでした。
そして、お母さんは、わたしとアリアナお姉ちゃんの部屋だけ、壁を白いままにしていました。わたしたちの好みで、好きなものを貼って良いからって。部屋の雰囲気って、壁紙によって大きく変わるので、新しい家を見せてから、選ばせたいって思ってくれたんです。
晩ご飯の前に、アリアナお姉ちゃんと二人で、壁紙の見本を見せてもらいました。アリアナお姉ちゃんは、淡い水色の生地に、淡いピンクや白色の野ばらが小さく浮かんでいる、可愛らしい壁紙にするそうです。単に可愛らしいだけじゃなく、とっても上品で、控えめな感じがするので、お姉ちゃんにぴったりだと思います。
わたしは、ものすごく悩んだ結果、淡いサクラ色の生地のところどころに、鳥や動物が白一色で書かれた壁紙を選びました。十四歳の少女としては、もう少し大人っぽいものにした方が良いんじゃないかっていう気もしたんですが、ふくふくした白い鳥が、ちょっとスイシャク様に似ていたので、誘惑に逆らえなかったんです。
スイシャク様といえば、アマツ様と一緒に、上機嫌で家の中を見ていました。〈ここが我らの新しき社なるか〉って。キュレルの街の家もそうですが、王都の家も、いつの間にか〈社〉になっちゃうみたいです。良いんでしょうかね、これって?
ここまで書いていて、気づいたことがあります。スイシャク様とアマツ様が顕現して、うちの家が〈社〉になったのなら、ネイラ様のお屋敷も、当然そうなんですよね? もしくは、〈社〉を通り越して、〈神域〉になっちゃってるか……。差し支えなかったら、教えてもらえるとうれしいです。
ということで、また、次の手紙で会いましょうね。
王都っていうだけで、ネイラ様の気配が感じ取れるような気がする、チェルニ・カペラより
追伸/
今回は、数日でキュレルに帰ります。いったん帰って、受験をして、また帰って、町立学校を卒業して……そこから、本格的に引っ越す予定です。
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内装関係にも才能があるらしい、チェルニ・カペラ様
先程、きみのいう〈アマツ様〉が、手紙を届けてくれました。今、きみは王都にいるのですね。そうと意識すると、何故だか落ち着かない気持ちになってしまい、困惑してきます。とても嬉しいような、少し戸惑うような、何か大切なことを忘れているような気持ちです。不思議ですね。
きみの予想の通り、きみの新しい王都の家と、わたしが住んでいるネイラ侯爵邸とは、とても近い距離にあります。ネイラ侯爵邸は、いわゆる貴族街の中でも、王城に隣接する区画に位置していますので、きみの家から目視できるのではないでしょうか。もちろん、そうと判別することはできないとしても。
〈スイシャク様〉や〈アマツ様〉が〈社〉だというなら、きみの住む家は、神霊を集わせ、神霊を喜ばせることのできる〈場〉となったのでしょう。神霊の力の欠片である光球は、ルーラ王国内のどこにでも現れますが、現世に顕現するとなると、自ずと相応しい場所があるものなのです。
〈社〉である以上、悪しきものは近寄りもできませんし、そこに住まう人々の心身の健康も保ちやすくなります。王都には、あまり良くない力も存在しますので、きみが〈社〉に住んでいてくれるなら、わたしも安心です。
わたしが生まれ育ったネイラ侯爵邸は、〈社〉であり、神域でもあります。また、わたしという存在の持つ特性から、別の側面も存在します。今は、曖昧な説明になってしまうのですが、近いうちにもう少し話せるようになると思いますので、許してくださいね。
それにしても、サクラ色に白い動物の描かれた壁紙とは、さぞ愛らしいのでしょうね。きみに相応しく、〈スイシャク様〉や〈アマツ様〉も、気に入るのではないでしょうか。ネイラ侯爵邸での〈アマツ様〉は、壁紙に目を向けたことなど一度としてありませんが。
崇高なる神霊である〈アマツ様〉が、きみと共にいるときは、いつも以上に現世の諸事に関心があるらしく、とても微笑ましく思います。それは、大いなる〈スイシャク様〉も同じで、楽しそうな様子に、わたしまで温かな気持ちになります。ありがとう。
では、また。次の手紙で会えるときは、きみは王都にいないのでしょうか。少し寂しく思います。
次に屋敷の壁紙を変えるときは、自分でも選んでみたい、レフ・ティルグ・ネイラ