連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-1
その日の目覚めは、とっても幸せなものだった。気持ちが満ち足りていて、ぐっすりと熟睡できて、ぬくぬくと暖かくて……。鎧戸の隙間から差し込んでいる、淡い光の色合いからすると、朝といえる時間じゃないのかもしれないけど。
薄っすらと目を開けると、左右の枕元に、紅白の柔らかな羽が見えた。清らかな純白の羽はスイシャク様、鮮やかな真紅の羽はアマツ様。大きな鳥の姿を取る二柱の神霊さんが、わたしにくっつくみたいにして、微かな寝息を漏らしているんだ。
秋も深まって、空気が冷たくなってきたから、肩口の暖かさがうれしい。尊い神霊さんのご分体に対して、あまりにも不敬ではあるんだけど、まるで極上の羽根布団で寝ている気分になる。まあ、スイシャク様もアマツ様も、〈我らに勝る羽根布団など、この現世にある筈もなし〉とかって、謎の自慢をしていたくらいだから、いいんだろう、多分。
もう一度目を閉じて、うとうと微睡みながら、どうしてこんなに幸せな気分なのかなって、ぼんやりと考えてみた。不意に思い出したのは、今朝方に見た夢の記憶だった。それはそれは美しくて、神秘的で、優しくて、切なくて、どうしようもなく幸せな夢の記憶……。
夢の中で、わたしは、魂魄だけの存在になっていた。神霊庁から贈られた、とんでもなく高そうな装束を着て、金銀の巨大な獅子の曳く〈月舟〉に乗って、満月の夜空を駆けていくんだよ。
ご神鏡みたいに輝いている、見上げるほどに大きな満月の側までやって来ると、いっとう不思議なことが起こった。月の一部がゆっくりと倒れてきて、銀色の橋になったかと思うと、少し欠けた満月の中から、格衣姿のネイラ様が現れた。神々しい気配をまとったネイラ様は、悠然と銀橋を渡り、わたしの乗っている月舟まで来てくれたんだよ。
月の銀橋のたもと、ほのかに光る月舟、可愛らしい猫足の長椅子に座って、ネイラ様とわたしは、たくさんの話をした。〈神威の覡〉や〈神託の巫〉について教えてもらったり、王立学院の受験の報告をしたり、お互いの家族の話をしたり。世間話だってたくさんして、わたしたちは、〈レフ様〉と〈チェルニちゃん〉って呼び合うようになった。
そして、そろそろ夜が明けようかっていう頃。魂魄だけになって、嘘がつけなくなっていたわたしは、何とネイラ様に、こっ、告白しちゃってた。当然、めちゃくちゃに焦って、盛大に泣き出しちゃったわたしを、ネイラ様は誠実に受け止めてくれた。迷惑そうな表情も見せず、わたしの目をのぞき込んで、きゅ、きゅ、求婚してくれたんだ。〈妻となる約束を、してはもらえませんか、チェルニちゃん〉って。
そのときの情景を思い出した瞬間、わたしは、一気に覚醒した。心臓がときどきして、自分の顔が真っ赤になるのがわかる。だって、いくら夢だとしても、厚かましすぎるよね? 〈神威の覡〉で王国騎士団の団長閣下で、侯爵家の後継のネイラ様だよ? 身分違いにもほどがあるし、そういう世俗的な身分以上に、魂の格が違い過ぎる。ネイラ様って、多分、ものすごく高位の神様が、人として顕現した方だからね。
ただ、虚しい夢を見たんだって、落胆する気持ちよりも、うれしくて幸せな気持ちの方が強かった。夢の中のネイラ様…‥レフ様は、とっても真剣で、緊張していて、わたしのことを大切に思ってくれているんだって、すごく伝わってきたから。
幸せな夢に感謝して、元気に起き上がったわたしは、そのまま硬直した。サクラの象嵌が可愛らしい長机の上に、神霊庁でもらった装束が、綺麗に畳まれて置かれているのが、目に入ってきたんだ。
あれ? あれれ? 待って、待って、待って。どうして装束が出ているの? それ自体が工芸品みたいな、桐箱に入ったままの状態で、箪笥の引き出しにしまってあるはずなのに。まるで、着てみた後に見えるよ? そもそも、わたしってば、昨夜、魂魄だけになって、ネイラ様と会う約束になっていなかったっけ?
硬直したまま、わたしは、視線だけを動かした。左の肩口で眠っていたはずのスイシャク様を見ると、黒曜石みたいな瞳をぱっちりと開けて、わたしを見つめている。純白の羽毛はふっくふくに膨らんで、上機嫌な鼻息も聞こえてきた。ふっっすす、ふっっすすって。
右の肩口で伸び伸びと寝ていたはずのアマツ様を見ると、ご神鏡みたいに煌めく銀色の瞳を半眼にして、おもしろそうに笑っている。鳥の笑い顔って何なのって思うけど、そうとしか表現のできない表情だった。
〈え〉の形に口を開けて、固まったままのわたしに、スイシャク様とアマツ様が、交互にイメージを送ってきた。〈我らが雛の初々しきこと〉〈可愛し〉〈尊き縁の結ばるる、いとも目出たき目覚め也〉〈妹背の仲と相成らん〉〈天地開闢以来の言祝ぎ也〉って。
スイシャク様とアマツ様は、銀橋でのわたしたちの話を知っていて、ものすごく喜んでくれているらしいんだけど……ということは、わたしがうっかりネイラ様に、こっ、告白しちゃって、ネイラ様が、きゅっ、きゅっ、求婚してくれたのって、夢じゃないってこと!?
恐る恐る、本当に恐る恐る、スイシャク様に目で問いかけると、スイシャク様はふすーーって大きな鼻息を吹いてから、重々しくうなずいた。アマツ様は、小刻みに肩を震わせて笑いながら、何度も何度もうなずいた。
スイシャク様を見て、アマツ様を見て、長机の上の装束を見て、スイシャク様を見て、アマツ様を見て、長机の上の装束を見て……。わたしは、ゆっくりと理解した。あれって、やっぱり現実だったんじゃないの!?
そこからしばらくの間、わたしの記憶が飛んじゃったのは、仕方のないことだと思う。わたしが、ネイラ様…‥レフ様のことを、すっ、好きなのは事実だけど、報われるとは思っていなかったし、つっ、つっ、妻になるとか、想像したこともなかったよ。十四歳の少女には、さすがに刺激が強過ぎると思うんだ。
わたしが石みたいに固まっている横で、スイシャク様とアマツ様は、ご機嫌でイメージを交換し合っていた。〈彼の御方の素早きこと〉〈蝸牛が疾風へと変わりたる〉〈可愛き雛の戸惑いたる〉〈案ずるに及ばず〉〈蝸牛は秩序、疾風は混沌。表裏一体となりぬべき〉〈其は、彼の御方の司りたる概念也〉〈然り、然り〉って。
どうしようもなく混乱して、どうして良いのかわからなくて、でも、ものすごくうれしくて、わたしはベッドの上に突っ伏した。わたしの記憶が確かなら、レフ様は、わたしのことを特別だっていってくれたんだよ? わたしの、こっ、告白を、〈とても嬉しい〉っていってくれたんだよ? そして、きゅ、きゅ、求婚してくれて、〈愛しく思う女性はきみだけ〉って断言してくれたんだよ?
気がつけば、スイシャク様とアマツ様は、部屋中を飛び回って、神々しい光を部屋いっぱいに溢れさせていた。神聖な純白の光はスイシャク様、鮮やかな真紅の光はアマツ様。他にも、金とか青とか緑とか、何色かの光が混じっている気がするのは、きっと気のせいじゃないんだろう。
輝かしい光の洪水が収まった頃、わたしの部屋の扉をそっと叩く音がした。控え目に顔を覗かせたのは、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんだった。生まれたときから一緒に暮らしているのに、顔を合わせるたびに感動するくらい、今日も綺麗だよ、お姉ちゃん。
「起きているの、チェルニ? 部屋から光が見えていたから、来てみたんだけど。入っても良い?」
「もちろん。お早う、お姉ちゃん。というか、お早うで良いのかな? わたし、寝坊しちゃった?」
「そんなに遅くないから、大丈夫。まだお昼ご飯の前よ。ご神霊様方から、チェルニが自然に起きるまでは、好きなだけ寝かせておくように、ご指示をいただいたの。魂魄を休ませているだけだから、しばらく起きてこなくても、心配はいらないって。お腹が減ったでしょう? 起きられる? 気分が悪いようだったら、お部屋までご飯を運んできましょうか?」
「大丈夫、大丈夫。元気いっぱいだよ、お姉ちゃん。すぐに起きて、皆んなと一緒にお昼ご飯を食べるよ」
「良かった。だったら、食堂で待っているわね。お父さんとお母さんも、チェルニと話がしたいみたいだから。午前中に、オルソン猊下がおいでになったの。お父さんとお母さんに、大切なお話をなさったんですって」
今日、ヴェル様が来るなんて、わたしは聞いていない。王立学院の入試とか、〈神託の巫〉の宣旨だとか、いろいろな用があるから、予告なしでヴェル様が訪ねてきてくれても、そんなに不自然じゃないけど、昨夜の今日だからね。レフ様の、きゅ、きゅ、求婚に関する話だっていう可能性も、あるかもしれないよね?
「ヴェル様って、どうして来てくれたのかな? 何か知ってる、お姉ちゃん?」
「ごめんね、チェルニ。わたしは、お話を聞いていないから、わからないのよ。でも、オルソン猊下とご一緒に、王国騎士団のマルティノ様もおいでになったし、他にもお二人、見るからにご身分の高そうな貴族の方が同行なさったの。わたしの大切な妹は、〈神託の巫〉の宣旨を賜っているから、その関係かしらね?」
アリアナお姉ちゃんは、金髪が黄金みたいに煌めいている、可愛い頭を傾けて、優しく微笑んだ。うん。多分、違うと思うよ、お姉ちゃん。ヴェル様にマルティノ様って、どう考えてもレフ様の関係者だからね。
わたし、チェルニ・カペラ十四歳は、今日もまた、運命の激変に翻弄されるのかもしれないよ……。
◆
わたしの好きな小説の中に、三人の姉妹の成長を描いた物語がある。架空の田舎街であるローザリアが舞台の、〈ローザリアの三姉妹〉っていう題名の本で、特に長女の結婚話が印象に残っているんだ。
初めて恋人を連れてきた長女を前に、いつもは優しいお父さんが、すっごい混乱に陥ってしまう。お父さんは、〈おれの娘を誘惑するなんて! この悪党め!〉って、いきなり相手の男の人に殴りかかっちゃうんだよ。
初めてこの場面を読んだときは、そんなめちゃくちゃなお父さんがいるのかなって、疑問に思っていたんだけど、今は微妙に不安を感じる。わたしの大好きなお父さんは、いつも落ち着いていて、度量が広くて、分別のある人なんだけど……大丈夫だよね、お父さん?
急いで身支度を整えて、お父さんたちの待つ食堂へと降りていく間も、わたしの心配は尽きなかった。人を好きになるのは悪いことじゃないし、そもそも、他の話なのかもしれないけど、やっぱり気まずいのは確かだったから。
どきどきする胸を押さえて、そっと食堂に入っていくと、お父さんとお母さんとお姉ちゃんが、揃って席についていた。食卓には、まだ飲み物しか載っていなくて、いかにも〈先に話をしようか〉っていう感じがする。ますます緊張して、思わず足が止まりそうになったのは、仕方のないところだろう。
「あら。お早う、子猫ちゃん。よく眠れた?」
最初に優しく声をかけてくれたのは、わたしの大好きなお母さんだった。アリアナお姉ちゃんと同じ、エメラルドみたいに美しい瞳が、きらきらと楽しそうに輝いている。いつも若々しくて、すごく綺麗なお母さんが、今日は一段と美人に見える。
「喉が渇いたでしょう、チェルニ? ルクスさんが、おいしいりんごジュースを作ってくれたのよ。持ってきましょうか?」
穏やかな笑顔で聞いてくれたのは、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんだった。神霊さんたちは、お姉ちゃんのことを、〈身も心も、衣を通して輝くほどに美しい〉っていう意味で、〈衣通〉って呼ぶんだけど、本当に光り輝いているみたい。ほんの微かに、今も鋏を振るう音がするような気もするけど、考えないようにしよう。そうしよう。
「お早う、チェルニ。疲れていないか? もっとゆっくりと寝ていても良いんだぞ?」
そういって、微笑みかけてくれたのは、わたしの大好きなお父さんなんだけど……今日のお父さんは、何だかとっても変だった。ものすごく穏やかで、物静かで、妙に徳の高い感じがするんだよ。強いていうなら、神霊庁で神職さんたちに囲まれているときの、コンラッド猊下みたい。お父さんってば、その澄み切った瞳は何なのさ!?
「あれ? 何だか変じゃない、お父さん?」
「変? どこが変なんだ、チェルニ? いつも通りのお父さんだろう?」
「いや、絶対に変だって! お父さんってば、目が硝子玉みたいになってるよ? 澄んでいて綺麗だけど、ちょっと気持ち悪い……」
「そうか? 自分ではわからないな。お父さんは大丈夫だから、座りなさい、チェルニ。おまえに、話しておきたいことがあるんだ」
「心配しなくていいわよ、子猫ちゃん。わたしの愛するダーリンは、衝撃が強過ぎて、一時的に達観しちゃってるだけなのよ。そのうち正気に戻るから、気にしないで。お話の内容は、ちゃんと理解しているし、後で文句をいったりする人でもないしね。多分」
「おまえまで、どうしたんだ、ローズ? おれは、いつも通りだろう、アリアナ?」
「大丈夫よ、お父さん。いずれにしろ、わたしたちの大好きなお父さんだから。それよりも、お話を始めましょうか。わたしも聞いていて良いのね?」
「もちろん。家族だからな」
わたしは、お父さんの向かい側の席に座って、お父さんを見つめた。恥ずかしくて仕方なかったけど、頑張って下を向くのを我慢した。お父さんやお母さんの態度から、何となく想像はついたからね。
お父さんは、わたしのことを、とっても愛おしそうに見つめていた。そして、神霊さんの彫像なのかっていう感じの、穏やかな微笑みを浮かべたまま、ヴェル様との話を聞かせてくれたんだ。
「あのな、チェルニ。今朝、おまえが眠っている間に、オルソン猊下がおいでになられたんだ。同行なさったのは、ネイラ侯爵家の家令を務めておられるシルベル子爵閣下と、王国騎士団のパロマ子爵閣下、そして宰相閣下……ロドニカ公爵家の家令であられるハウゼン子爵閣下のお三方だった」
「……とんでもないお客様だね、お父さん。偉い人には、もう慣れてきちゃったけどさ」
「ああ。慣れてきちゃったな、チェルニ。朝一番で、訪問の許可を求める手紙が送られてきて、同行者の名前を見た時点で、笑うしかなかったよ。うちは、普通の平民の家だったはずなんだけどな」
「だよねぇ。ヴェル様だけでも良いよね? ヴェル様だって、本当だったら口も聞けないくらい偉い人なわけだけど」
「まあ、話の内容が内容だったから、わからないではないけどな」
「……ヴェル様は、何をいいにきたの、お父さん?」
わたしのお父さんは、もったいぶったりはしなかった。お父さんは、一度だけ深いため息をついてから、わたしの目を真っ直ぐに見て、こういったんだ。
「王国騎士団長にして〈神威の覡〉、ネイラ侯爵家のご嫡男でもあられるレフヴォレフ・ティルグ・ネイラ様は、チェルニ・カペラ嬢との婚姻を望んでおられる。ついては、今のうちから約束を結ばせていただきたく、正式な申し込みの機会をいただきたい。オルソン猊下は、そう仰っていたよ、チェルニ」
このときの気持ちを、どう表現したらいいんだろう? お父さんがいい切った瞬間、わたしは、ふらっと倒れそうになった。ヴェル様たちが家に来てくれたっていうことは、本当の本当に、正式な話なんだよね?
横に座っていたアリアナお姉ちゃんが、さっと肩を支えてくれたから、わたしは、何とか踏みとどまった。必死で体勢を立て直して、お父さんの顔を見つめ返す。お父さんは、心配そうにわたしの様子を伺っている。
「大丈夫か、チェルニ? 話を続けられるか?」
「大丈夫だよ、お父さん。ちょっと、びっくりしただけだから。続きを聞かせて。お父さんは、何てお返事したの?」
「即答はしなかった。身分を考えれば、先方のお話に嫌も応もないんだが、おれたちにとって大切なのは、娘の幸せだけだからな。チェルニの意志を確認してから、返事をするとお答えしたよ」
「そうなんだ……」
「その、何だ。オルソン猊下からは、謝罪もあったんだ。昨夜、魂魄だけで会ったときに、おれたちの了解を取らないまま、ネイラ様が、きゅ、求婚なさったって。そうなのか、チェルニ?」
「……うん、多分」
「多分?」
「あ、ううん。確かに、きゅ、きゅ、求婚されたと思うんだけど、夢の中の出来事だったような気もするからさ」
「……そうか。きゅ、求婚されたのは事実なのか。おれの可愛い、十四の娘が」
神職さんみたいに澄み切っていたお父さんの瞳に、何だか炎が燃え上がりそうだったから、わたしは、慌てて口を出した。恥ずかしくって、あのときの話は秘密にしておきたかったけど、仕方がない。大好きなお父さんに、ネイラ様が悪く思われたら嫌だから。
「あ、違うんだよ、お父さん。ネイラ様は、そんなつもりはなかったんだって。ただ、魂魄だけの世界って、嘘がつけないみたいで、何でも思っていることを話しちゃうから、わたしの方が先に、こっ、告白しちゃったんだよ。それで、わたしが泣き出して、ネイラ様が、きゅ、きゅ、求婚してくれたんだと思う」
「……そんなつもりはなかったのか?」
「うん。わたしが王立学院を卒業してから、ちょっとずつ親しくなって、それから申し込もうと思っていたんだって」
「そうか……。そうだったら、良かったな……。それで、おまえはどうしたいんだ、チェルニ? おまえの方から、こっ、告白したっていうんだから、ネイラ様のことが、すっ、好きなのか?」
「……うん」
「……それは、たった十四で、こっ、婚約したいくらいか? おまえは、まだ幼い。何年か、返事を保留させていただいても、許されると思うぞ。というか、それを許さない相手なら、どんなに高い身分だろうと、おれの方が許さない。おまえの正直な気持ちを聞かせてくれ、チェルニ」
お父さんは、真剣な表情で、わたしの目をじっと見つめた。お父さんの横に座って、一言も口をはさまずに見守ってくれるお母さんも、ずっと手を握ってくれているアリアナお姉ちゃんも、わたしの答えを待っている。いつの間にか、わたしの膝の上に座っているスイシャク様も、肩の上にいるアマツ様も、イメージさえ送らずに、やっぱりわたしを待ってくれているんだ。
レフ様との婚約や結婚なんて、それこそルーラ王国を揺るがすくらい、大変な話になるんだろう。〈はい〉って答えても、〈いいえ〉って答えても、わたしの人生が変わっちゃうに違いない。だからこそ、わたしは、自分の気持ちに嘘をつきたくない……。
わたしは、大きく深呼吸をして、真っ直ぐにお父さんの目を見て、はっきりと答えた。
「はい。婚約したいです、お父さん。わたしは、レフ様が大好きで、この気持ちは一生変わらないと思います。お願いします」
お父さんは、ゆっくりとうなずいてから、了解してくれた。〈わかった〉って。〈話を進めよう〉って。胸に染み入るみたいに、お父さんの微笑みは優しかった。
お母さんとお姉ちゃんは、歓声を上げて、わたしをぎゅうぎゅう抱きしめてくれた。スイシャク様とアマツ様は、またしても盛大に紅白の光を溢れさせて、部屋中を飛び回っていた。
そう。わたし、チェルニ・カペラの人生は、こうして新しい運命に漕ぎ出すことになったんだよ……。