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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 55通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 お手紙をお送りするのが遅くなってしまって、申し訳ありませんでした。クローゼ子爵家の事件が解決して、わたしたちも、自由にしていいよっていってもらって、真っ先にネイラ様にお礼をいわないといけないのに。気がついたら五日も経っていて、本当に失礼だったなって、青くなっているところです。

 どうして、すぐにお手紙を書けなかったのかというと……少し混乱していたんだと思います。混乱していた理由は、今は書けません。ひょっとすると、一生書けないかもしれません。本当にすみません。

 ここまで書いて、余計にネイラ様に心配をかけてしまうんじゃないかって、自分で自分が嫌になりました。わたしだって、ネイラ様からのお手紙が途絶えて、その後に〈混乱しています。理由は書けません〉なんていう手紙が届いたら、心配で心配で仕方ないと思います。ネイラ様が、大丈夫だっていっても、安心なんてできませんよね。
 わたしは元気で、安全で、皆んなに守ってもらっています。ただ、元大公のお屋敷で、クローゼ元子爵たちが捕縛されたとき、鏡越しにネイラ様のお顔を見て、感傷的になっちゃっただけなんです。〈年頃の少女って面倒なものなんだ〉って思って、気にしないでもらえるとうれしいです。次回の手紙からは、いつものチェルニ・カペラに戻りますので。

 今回の手紙は、ご無沙汰のお詫びと同時に、頂き物のお礼もかねています。今日、ネイラ様のお家から、たくさんの荷物が届きました。クローゼ子爵家の事件が終わったら、お父さんのお菓子のお礼を送ってくださるって、以前の手紙で教えてもらっていましたけど……量が多過ぎませんか、ネイラ様?
 お昼頃、ネイラ侯爵家の紋章が小さく刻印された、わりと簡素な馬車が到着して、木箱を二十個程運び込んでくれました。二個じゃなくて二十個です、二十個。うちの家の玄関ホールって、けっこう広いと思うんですけど、次々に積み上げられる木箱でいっぱいになって、前が見えないくらいでしたよ。(あの馬車って、わざと地味に作られた、お忍び用のものだそうですね。お気遣いありがとうございます)

 当然、お父さんやお母さん、アリアナお姉ちゃんと一緒に、すぐに開けさせていただきました。おがくずの中に大切に並べられた瑞々みずみずしい白桃。ルビー色に輝くりんご。丸々と育った紅色のさつまいも。大地の香りのするマッシュルームとポルチーニ。アメジストを思わせる大粒のぶどう。見るからに甘く熟した洋梨……。馬車の御者さんが、ネイラ侯爵家の領地から取り寄せた、極上品ばっかりだって教えてくれました。
 わたしは、料理自慢の食堂〈野ばら亭〉の娘なので、品質の良い食材は見慣れているはずなのに、思わず喉が鳴っちゃうくらい、どれもおいしそうでした。わたしの大好きなお父さんも、ものすごくうれしそうで、すぐに厨房に走っていったほどです。本当にありがとうございました。

 早速、おやつの時間と晩ご飯の後に、送っていただいた果物を食べさせてもらいました。おやつに出たのは、洋梨にチーズクリームを添えたもの。晩ご飯後のデザートは、白桃に甘くないアイスクリームを添えたものでした。あまりにもおいしくて、震えちゃいましたよ、わたし。
 洋梨も白桃も、すごく甘くて瑞々しくて、果物だけでおいしすぎるので、チーズクリームにもアイスクリームにも、砂糖はまったく入っていませんでした。果物のおいしさを味わうための、アクセントとしてのクリームという感じです。わが父ながら、素晴らしいセンスだと思います。

 ということで、ご無沙汰のお詫びと、頂き物のお礼でした。いろいろと、本当にいろいろと、ありがとうございました。また、次の手紙で会いましょうね。

     思春期に突入し、自分でも戸惑っているチェルニ・カペラより

追伸/
 ネイラ様にも、思春期ってありました?

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簡単にわたしの感情を揺さぶることのできる、チェルニ・カペラ様

 お手紙をありがとう。今回は、少し間が空いていたので、心配していました。冷静に考えると、毎日のように文通をする方が稀であり、数日間の中断など当たり前だというのに。きみから手紙をもらうのが当たり前になっているのだと自覚し、改めて驚いてしまいました。
 このかん、わたしの方から、手紙を出そうかとも考えましたが、催促になってはいけませんので、あえて自粛していました。また手紙を届けてもらい、きみが元気でいてくれると知って、とても安心しています。

 正直にいうと、きみからの手紙が止まったのは、わたしが、きみを怖がらせてしまったからではないのかと、密かに案じていました。元大公の屋敷での一幕は、きみも鏡越しに見ていましたね。あのとき、わたしの視線を受け止めたことで、大公たちは浄化の炎に焼かれ、もがき苦しんでいたこと、覚えていると思います。
 他の者はともかく、神使であるエミールとパヴェルには、大公たちの苦しむさまが鮮明に見えていました。そして、きみの美しい瞳にも、同じ光景が映っていたはずです。十四歳の少女であるきみには、大公らの苦悶の表情が、恐ろしいものに見えたのではなかったでしょうか。

 〈神威しんいげき〉の神威とは、神の持つ絶対的な権威のことであり、ほとんどの人の子にとって、まったき恐怖に他なりません。神々の眷属けんぞくたるきみは、わたしの神威を恐れはしないでしょうが、神威を受け止められず苦悶する者たちの姿には、優しい心を痛めるのかもしれませんね。

 きみの手紙を待つ間、きみの心を傷つけてしまった可能性を思い、後悔していました。きみの負担になるようでしたら、今後、きみの前で断罪の力を振るわないと約束します。どうか、わずかな遠慮も抜きにして、きみの気持ちを教えてください。お願いします。

 ともあれ、きみが元気な手紙をくれて、とても嬉しく思いました。次の手紙でも、会いましょうね。

     思春期とは何なのか、感覚としては理解できない、レフ・ティルグ・ネイラ

追伸/
 領地の果物については、きみの父上からも、大変に心のこもった礼状をいただきました。気に入ってもらえたのなら、嬉しく思います。

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