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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-2

 たった十四年の人生だけど、わたしは今、最大の決断を下したんだと思う。ルーラ王国の騎士団長で、〈神威しんいげき〉でもあるレフ・ティルグ・ネイラ様からの、きゅっ、きゅっ、求婚を受けるって宣言したんだから。
 
 お母さんとアリアナお姉ちゃんは、わたしにぎゅうぎゅう抱きついて、歓声を上げている。〈良かったわね、チェルニ〉〈おめでとう〉〈幸せになってね〉って。まだ十四の娘が、こっ、こっ、婚約するって勝手に決めちゃったのに、一言も反対しようとしないのは、きっとわたしの気持ちを察していたんだと思う。
 わたしの大好きなお母さんとお姉ちゃんは、相手の身分とか財産とかで、見方を変える人たちじゃないからね。ネイラ様……レフ様が、侯爵家の跡取りでも、〈神威の覡〉でも、王国騎士団長でも、わたしが幸せになれないと思ったら、断固として反対しただろう。見るからにはかなげな美女二人は、わたしが引いちゃうくらい強いんだよ。
 
 わたしの大好きなお父さんは、やっぱり変だった。自分でいうのも何だけど、わたしとアリアナお姉ちゃんは、お父さんに溺愛されている。アリアナお姉ちゃんが、フェルトさんとお付き合いするようになったときは、何日もお酒を飲みに行って、でぐでんぐでんになって帰ってきたし。翌朝には、ちゃんといつものお父さんに戻っていたものの、見ているわたしが気の毒なくらい、ずっと落ち込んでいたんだ。
 十七歳のアリアナお姉ちゃんでもそうだったんだから、十四歳のわたしが、こっ、こっ、婚約するなんて、お父さんにとっては大事件に決まっている。反対はしないまでも、怒ったり悲しんだりしちゃうんじゃないかと思ったのに、ものすごく落ち着いていて、淡く微笑んでいるんだ。本当に大丈夫なのか、逆に心配になっちゃうよ、お父さん……。
 
 紺色に近い青色で、とっても綺麗なお父さんの瞳は、改めて見ても、人形にはまっている硝子がらす玉みたいだった。どうしてそう思うのか、お父さんの顔を見つめているうちに気がついた。お父さんってば、ろくに瞬きもしないし、瞳孔どうこうが開いちゃってるんだね。
 わたしは、きっと困った顔をしていたんだろう。わたしを抱きしめていたお母さんは、お父さんに視線を向けてから、大きなため息をついた。
 
「ダーリンったら、困った人ね。そんな顔をしていると、わたしたちの可愛い子猫ちゃんが心配するわよ?」
「何だ、ローズ? おれの顔がどうした?」
「わたしとダーリンの結婚式の朝、うちのお父さんが見せていた表情と同じよ。本当にもう、娘を溺愛する父親って、焦げついたお鍋くらい始末に負えないんだから」
「いや、おれも料理人の端くれだからな。大事な鍋を焦がしたことなんて、一度もないぞ。知っているだろう、ローズ?」
「比喩に決まっているでしょう、ダーリン。お鍋がだめなら、真夏のバターでも、子猫ちゃんの歌でもいいわよ」
「ええ? わたしの歌って、そこまで酷いの、お母さん?」
「あら。ごめんなさい、子羊ちゃん。冗談よ、冗談。それよりも、ネイラ様からのお話をお受けするっていうことで、今日のうちにお父さんにお返事してもらうわよ? いいのね?」
「はい。お願いします、お母さん」
「わかったわ。ダーリンもそれで良いのね?」
「良い。不誠実な相手じゃないなら、チェルニの意志が大切だからな。ネッ、ネッ、ネイラ様は、立派な方だ。十四の娘の、こっ、こっ、婚約者に相応しいかどうかは微妙なところだが。チェルニの意志が固いなら、おれは反対しない。おまえもだろう、ローズ?」
「ええ、もちろん。直接お目にかかったことはないけれど、素晴らしい男性であることは間違いないわ。賛成します。初恋が実って、良かったわね、子猫ちゃん」
「えへへ。ありがとう、お母さん。わたし、まだ夢を見ているような気がするよ」 
「はっ、はっ、初恋……。いっそ夢だったら良いのにな。まあ、何だ、チェルニはまだ十四だし、けっ、結婚までには時間がかかるしな。その間に、気が変わる可能性だって否定できないよな」
 
 お父さんってば、縁起でもない話はやめてよね。わたしは、きっと死ぬまでレフ様が、すっ、好きだろうし、レフ様だって、簡単に気の変わる人じゃないよ。けっ、けっ、結婚は、かなり先になるだろうけど。
 
 即断即決のカペラ家らしく、あっという間に結論が出たところで、わたしのお腹が盛大に鳴り出した。安心して肩の力が抜けた途端、猛烈にお腹が減ってきたんだよ。お父さんは、いつものお父さんの顔で笑って、すぐに食堂に行った。ちょっとは正気に返ったみたい。良かった、良かった。
 
 しばらくして、食堂に戻ってきたお父さんは、封筒を手に持っていた。白地に小さく一輪だけ、金色の野薔薇の模様がはく押しされているのは、大切なお客様にお出しするときの、〈野ばら亭〉の専用封筒だった。
 お父さんは、わたしたちに向けて、封筒の宛名書きを見せてくれた。わたしとは、似ても似つかない綺麗な文字で書かれていたのは、〈パヴェル・ノア・オルソン猊下げいか 御机下おんきか〉っていう文字だった。ひょっとして、それって、ヴェル様へのお返事だったりするのかな、お父さん?
 
「昼飯の用意は、ルクスに頼んできた。もう準備はできているから、少しだけ待っていてくれ。食事の前に、オルソン猊下にお手紙をお出ししたいんだが、ご神霊にお願いしても不敬にならないか、チェルニ?」
「それは大丈夫だと思うよ、お父さん。アマツ様ってば、封筒を見た瞬間に、行く気になってくれているから。あの……その手紙って……」
「娘の意志が確認できたので、改めてお話をお聞かせいただけるよう、お願いの手紙を書いた。それで良いんだろう、チェルニ?」
「……うん。ありがとう、お父さん」
「身分からいえば、こちらがお伺いするのが筋だろう。きゅっ、求婚を受ける側だったとしてもな。まあ、オルソン猊下がたは、それを良しとはなさらないだろうから、近日中にご足労をいただくことになるんじゃないかな」
 
 お父さんの言葉が終わった途端に、肩の上のアマツ様がすいっと浮かび上がり、お父さんの前まで飛んでいった。深々と頭を下げたお父さんが、うやうやしく封筒を差し出すと、アマツ様は、ルビーみたいな真紅に輝くくちばしで手紙を挟み、そのまま空へと消えていった。壁や天井の存在なんて、完全に無視して。
 
 何となく落ち着かない気分を抱えながら、お母さんやアリアナお姉ちゃんと話をしているうちに、ルクスさんとルルナお姉さんが、昼ご飯を運んできてくれた。色とりどりの料理の数々は、今日もとっても美味しそうだ。
 〈野ばら亭〉自慢のデミグラスソースが添えられたビーフカツレツは、切り口がしっとりと薔薇色に輝いている。赤、黄、朱の三色のパプリカと、真っ白なかぶのサラダは、アンチョビを使ったバーニャカウダソースで。こんがり揚げた手羽先とじゃがいもの煮物の上には、クレソンをどっさりと。スモークサーモンと海老の入った、生野菜の生春巻きは、甘くて辛い特製ソースが食欲を刺激する。野菜たっぷりのクラムチャウダーは、アサリじゃなくて旬の牡蠣かきを使った、〈野ばら亭〉秋の名物のひとつなんだ。
 素敵な香りのする焼き立てパンは、バジルを練り込んだパンと、毎日食べても飽きのこない田舎パン、ベーコンと黒胡椒の堅焼きパン、蜂蜜に漬けたナッツを練り込んだパン、定番のサクサクしたクロワッサンだった。
 
 いくらキュレルの街で大人気の食堂、〈野ばら亭〉を経営している家だからって、普段はこんなに食べないよ? お昼ご飯としては、品数も量も多過ぎるくらいだと思うしね。スイシャク様とアマツ様が顕現けんげんして、神霊さんなのにご飯を食べてくれるってわかって以降、お父さんが感謝を込めて多めに用意しているんだ。
 今も、スイシャク様が純白の羽毛を膨らませて、ふっすふっす、上機嫌に鼻息をらしている。アマツ様だって、すぐに帰ってくるだろう。二柱ふたはしらは、わたしがお給仕しないと、ものを食べるっていうことがないから、一緒に食卓を囲めるときに、たくさん食べてほしいよね。
 
 一緒に食卓についたお父さんが、食材への感謝を捧げ、さあ、食べようってなったところで、アマツ様がふわりと帰ってきた。くちばしに加えているのは、純白に純銀の有職ゆうそく紋様もんようを刻印した封筒が一通。早速、ヴェル様からの返事を持ってきてくれたんだろう。
 お父さんは、うやうやしく封筒を受け取ると、〈先に食べておいてくれ〉っていって、食堂を出ていった。神使しんし様からの正式なお手紙を、食事の片手間に読んだりはしないんだよ、わたしのお父さんは。
 
 膝の上のスイシャク様と、肩の上にとまったアマツ様に、交互にお給仕しながら、遠慮なくご飯を食べる。お肉の臭みなんてまったくなくて、牧草のさわやかな味さえ感じられるビーフカツレツに、二柱がくるくると喉を鳴らす。スイシャク様もアマツ様も、野菜が大好きだから、手羽先の脂できらきらと光っているじゃがいもが、特に気に入ったみたい。
 焼き立てパンは安定のおいしさで、こんな絶品パンを〈安定〉っていっちゃうほど、食べ物に恵まれている自分に、ちょっと目眩めまいがした。わたしもお姉ちゃんも、けっ、結婚して家を出ていったら、お父さんのご飯が恋しくて、ホームシックになっちゃうんじゃないの?
 
 わたしたちが、おいしくご飯を食べているうちに、お父さんが食堂に戻ってきた。神妙な顔をしたお父さんは、神職さんみたいな慈愛の瞳でわたしを見て、優しくいった。〈オルソン猊下と皆様方は、午後の早い時間にお越しになられるそうだ〉って。
 偉い方たちばっかりなんだから、予定を合わせるのは大変なはずなのに、今日のうちに来ちゃうのか……。わたしが、思わずぶるぶるって震えちゃったのは、当然のことだよね?
 
     ◆
 
 濃いめに入れた紅茶に牛乳を入れ、一気に飲み干してから、お父さんは、ヴェル様からの手紙の内容を教えてくれた。
 
「今朝、我が家にお出でくださった皆様方が、午後の早い時間に再訪さいほうなされるそうだ。神使であられるオルソン猊下、ネイラ侯爵家の家令であられるシルベル子爵閣下、王国騎士団のパロマ子爵閣下、ロドニカ公爵家の家令であられるハウゼン子爵閣下の四名様が、お一人も欠けることなくお揃いになられる」
「すごいわね、ダーリン。それだけのご身分の方々のご予定なんて、そう簡単に合うはずがないと思うんだけど」
「今朝、うちの家からお帰りになった後、ネイラ侯爵家のお屋敷で、四名様が待機してくださったそうだ。もしかすると、うちから連絡があるかもしれないから、と。チェルニがいつ起きてくるのか、まったくわからなかったのにな」
「無駄に時間稼ぎなんてしなくて、良かったわね、ダーリン。〈チェルニが起きてこないので、お返事できません〉なんていって、ずっと先延ばしにしていたら、かえって面倒だったわよ。オルソン猊下は、〈いつまでもお待ちしております〉なんて微笑んでおられたけど、待たせれば待たせるほど、断りにくくなるもの。やり手だわ、オルソン猊下は」
「はい! はい!」
「何かしら、可愛い子兎ちゃん?」
「わたし、断ったりしないよ、お母さん」
「もちろん、わかっているわ。今いったのは、一般的な交渉術の話よ。オルソン猊下は、経営者としても有能だったでしょうから、ちょっと惜しいわ。神使様でも、事業はなさるのよね? 神霊庁って、ものすごい額の資産運用をしているはずだし。今度、世間話に経営論でもお尋ねしてみようかしら」
「お母さんたら、相変わらずね。お仕事の話になると、生き生きしているんだもの。わたしたちの可愛いチェルニが、ネイラ様と婚約を結ばせていただいたら、オルソン猊下との接点も増えるわね」
「そうね、お花ちゃん。ともあれ、今度は本格的にお話を伺うんだから、準備をしないとだめね。キュレルの街に帰るのは、今日でなくても大丈夫よね、ダーリン?」
「ああ。こんなことになるとは思わなかったが、店は問題ない。おれとルクスが抜けても、味は落とさないさ。こんなことになるとは思わなかったがな! 本当に!」
 
 お父さんは、何だかぶつぶついいながら、焼き立てパンを口に放り込んだ。良かった。硝子がらす玉みたいな目をしたお父さんから、ちょっとだけいつものお父さんに戻ってるよ。わたしの顔を見たお母さんが、面白そうに笑いかけてくれたから、もう大丈夫なんだろう、きっと。
 
 ヴェル様たちが来るまで、そんなに時間はないから、わたしたちは、準備について話し合った。今日のところは、わたしとカペラ家の意志を確認するための訪問で、きゅっ、きゅっ、求婚の正式なお使者は、後日改めて来てくれるらしい。
 お父さんは、わたしが成人するまでは、けっ、けっ、結婚は認めないこと。こっ、こっ、婚約中は、節度を持った交流をすること。そして、王族とかにありがちな〈側室〉なんかは、絶対に認めないことを、条件にしたいそうだ。この三つが認められなかったら、〈父親の誇りにかけて破談にする。いいな、チェルニ?〉だって。
 
 お母さんは、今のわたしにする話じゃないって、ちょっと文句をいっていたけど、お父さんのいい分は、もっともだと思う。わたしの読んでいる物語にも、側室とかお家争いとか、どろどろした話はたくさん出てくるし、今の国王陛下にも、確か側室がいたんじゃなかったっけ?
 でも、そこは心配ないんだよ、お父さん。あの月の銀橋で、レフ様が〈愛しく思う女性は、現世うつしよ神世かみのよの隔てなく、きみ一人〉だっていってくれた言葉は、ものすごく神聖な〈誓言せいごん〉だったと思うんだ。
 神霊さんに誓いを捧げる〈誓文せいもん〉じゃなく、すっ、すっ、好きな相手に誓ってくれる〈誓言〉。わたしが気を失っちゃったのは、レフ様の神名しんめいだけじゃなく、〈誓言〉の重さもあったんじゃないのかな。
 
 さすがに恥ずかしくて、月の銀橋での会話は、お父さんたちには話せそうにない。わたしが、レフ様の様子を思い出して、一人でぐねぐねと照れていると、スイシャク様とアマツ様が、デザートを食べながら、イメージを送ってくれた。
 〈御方おんかたからの使者を迎うるに、我らも場を整えん〉〈然り、然り〉〈目出めでたし、目出たし〉〈いずれの神が来たりたるか〉〈皆々望みて、列をなさん〉〈しかして、の焼きりんごの美味なること〉〈あいすくりいむも誠に良し〉〈□□□□□□□□と□□□□□□□□は、きたるらん〉〈えにし、誓いを司る神なれば、然もあらん〉って。焼きりんごとアイスクリームの話はともかく、またしても神霊さんたちが集まってくれるらしいんだ。
 
「はい! はい!」
「どうした、チェルニ? もう満腹か? ご神霊に、追加をお出しするか?」 
「大丈夫。ありがとう。今日も、とってもおいしかったよ、お父さん。それよりも、スイシャク様とアマツ様が、面倒……じゃなくて、大変なことを伝えてくれているんだけど」
「わかった。教えてくれ」
「あのね、ヴェル様たちをお迎えするとき、神霊さんたちが立ち合いをしてくれるみたいなんだ。スイシャク様とアマツ様だけじゃなく、何柱なんちゅうか。わたしとレフ様のご縁は、とってもおめでたいから、場を整えてくれるんだって。今日のところは、まだ正式なお使者じゃないのにね」
「……。おれも、さすがに慣れてきたよ、チェルニ。今晩はルクスと腕を奮って、顕現してくださったご神霊に、全身全霊を傾けて神饌しんせんたてまつろう。こっ、こっ、婚約の話がどうなろうとな」
「ダーリンったら、話はまとまるわよ。決まっているでしょう?」
「しかし、側室はもちろん、少しでも他所よそに目を向けたら、その瞬間に破談だぞ?  こっ、こっ、婚姻後でも離婚だぞ? ネイラ様ともあろうご身分の方が、そんな無礼な条件を呑んでくださるものか?」
「一応、常識的な判断はできるのね。その無礼を押し通そうっていうんだから、困ったダーリンね。でも、問題ないわ。わたしの勘だけど、わたしたちの可愛い小鳥ちゃん以外の女性なんて、認識すらなさらないわよ、ネイラ様は。一途というより、超越しておられるから。そうじゃない、お花ちゃん?」
「ええ。わたしも同じ意見よ、お母さん。大丈夫。きっと問題なく条件を呑んでくださるわ。ちょっと……かなり、失礼だとは思うけど。チェルニが落ち着いているんだから、きっとそういうことなのよ。ふふふ」
「……。おれは、ルクスと神饌の打ち合わせをしてこよう。何柱、顕現なさるのか。神饌を奉っても問題はないのか、お尋ねしてくれ、チェルニ」
「了解です!」
 
 スイシャク様とアマツ様に尋ねると、すぐに答えが返ってきた。クニツ様とムスヒ様の他に、鈴を司る神霊さんと、塩を司る神霊さんが来てくれるんだって。王立学院の入試のときに、〈斎庭さにわ〉を作り出してくれた神霊さんたちのうち、四柱がお出ましになるっていうことだよね。
 本当は、〈斎庭〉の神々は、揃って来ようとしてくれたんだけど、今日のところは、まだ正式なお使者の前のご挨拶だからね。〈新しく出会いたる神々〉である二柱が、先に来られるらしい……って、正式なお使者のときは、もしかして七柱ななはしらの神霊さんが集まっちゃうの?
 
 スイシャク様とアマツ様の話によると、キュレルの街の家と〈野ばら亭〉、新しい王都の家は、もう神霊さんたちから〈やしろ〉だって認識されていて、すごく顕現しやすい〈場〉になっているんだって。社って、神々をお祭りしている神域しんいきのはずなんだけど、いつの間に神域化しちゃったんだろうね、カペラ家は……。
 
 四柱の神霊さんが顕現し、神饌も大歓迎だって伝えると、お父さんは、両手で自分の頬を叩いてから、食堂を出ていった。ルクスさんも一緒に、斎戒さいかい沐浴もくよくして、神饌の準備をするんだ。〈野ばら亭〉の誇る凄腕の料理人であるルクスさんは、とっても心の綺麗な人だから、きっと神霊さんたちも気に入ってくれるだろう。
 残されたわたしたちは、早速、お迎えするときの洋服の話をした。清楚で派手過ぎないもので、お母さんがいうところの〈十四歳の少女だけが持つ危ういほどの可憐さを引き立てるドレス〉。危ういほどの可憐さって、何なのさ、お母さん?
 
 話し合いの結果、わたしとアリアナお姉ちゃんは、〈花と夢の乙女たち〉のドレスを着ることになった。前に王都観光にきたとき、お母さんに連れて行かれて、強引に押し付け……じゃなくて、買ってもらったドレスだよ。
アリアナお姉ちゃんは、濃い紫色の絹地に、黒いレースをふんだんに使ったもの。色合いだけ聞くと色っぽい感じなんだけど、絹地が高級だからか、びっくりするくらい上品で、お姉ちゃんの可憐さを引き立ててくれるんだ。
 わたしは、透明感のあるグレーで、えり元から胸元にかけてと、そで口のところが、純白の切り替えになっているワンピースドレスを着る。色合いが地味なわりに華やかで、すごく可愛いらしいドレスなんだけど……グレーって、レフ様の瞳の色に近いよね? 本当のレフ様の瞳は、ご神鋏しんきょうそのままの銀色なんだけど、普通の人には灰色の金剛石みたいに見えるらしいから。
 
 こっ、こっ、婚約のお話に来てくれるお使者を、レフ様の瞳の色のドレスで迎える少女って、冷静に考えると、ものすごく恥ずかしいよね。もう、あからさまっていってもいいくらい。初対面の方もいるのに、それでいいんだろうか? ヴェル様とか、絶対に気づいて、揶揄からかおうとするよね?
 
 ぐるぐると悩みながら、わたしは着替えのために部屋に戻った。スイシャク様とアマツ様を加えると、六柱ろくはしらのご神霊が顕現される中、ちょっと精神的に不安定なお父さんと一緒に、どこを見ても偉い人しかいないお客様を迎えて、レフ様からの、こっ、こっ、婚約の話を聞く……。
 わたし、チェルニ・カペラ十四歳は、これこそが混沌こんとんじゃないのって、思わず頭を抱えたくなったんだよ。
 

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