連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 60通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
朝晩、すっかり寒くなってきましたね。前回の手紙では、〈小雀に名前をつけた方が良いよ〉って教えてくれて、ありがとうございました。ネイラ様のお言葉の通り、すぐにアリアナお姉ちゃんに伝えました。
アリアナお姉ちゃんは、まだ小雀ちゃんに名前をつけていませんでした。スイシャク様の眷属でもある小雀ちゃんに、勝手に名前をつけちゃうのは、不敬に当たるんじゃないかって、自重していたそうです。妹のわたしがいうのも何ですが、うちのお姉ちゃんは、思慮深くて気配りの人なんですよ。
今日の午後、町立学校から帰ってきてから、アリアナお姉ちゃんと一緒に、小雀ちゃんの名前を考えました。犬や猫もそうですけど、雀の名前を考えるのも、なかなかの大事業ですよね。片手間にはできないので、お姉ちゃんと二人、部屋にこもって相談を重ねました。一緒に何かに名前をつけるときのために、姉妹で決めている手順があるので。
具体的にいうと、まず最初に、アリアナお姉ちゃんとわたしが、それぞれに三つずつ名前を考えます。制限時間がきたら、同時に名前を書いた紙を広げて、お互いに目を通します。そのときに、同じ名前が書いてあったら決定なんですけど、そういうことってほとんどないんですよね。
三つとも別の名前だったら、相手の候補の中から二つずつ、気に入らないものを消していきます。最後に、二つ残った名前を、お父さんとお母さんに見てもらってから、カペラ家の多数決で決めるんです。
すっごく面倒な手順だと思うでしょう? わたしも、そう思います。でも、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、とっても妹を大切にしてくれていて、すぐに〈チェルニの好きなもので良いのよ?〉っていっちゃうから、仕方がないんです。
おっとりと優しいお姉ちゃんは、賢くて勇気があって潔い人です。自分だけで判断すべきことは、かなりの即断即決なのに、一緒に何かをする場合は、いつもわたしを優先してくれるんですよ。えへへ。
今回は、スイシャク様の眷属仲間の小雀ちゃんなので、わたしも一緒に考えた方が良いのかなって思って、話し合いに参加しました。よくよく考えた結果、わたしたちが挙げた名前は、以下の通りです。
お姉ちゃん……マクシミリアン、アルフォンソ、テオドシウス
わたし……キャラメル、マロングラッセ、マフィン
改めて書き出してみると、わたしもアリアナお姉ちゃんも、それぞれ別の意味でひどいですね。名前を書いた紙を開いた瞬間、わたしとお姉ちゃんが、ちょっと無言になっちゃったのも、仕方がない……のかな?
アリアナお姉ちゃんが書いた候補の中から、わたしは〈アルフォンソ〉を残しました。どの名前も、立派すぎるのは同じなので、アリアナお姉ちゃんと〈ア〉の重なる名前が良いかなと思ったんです。
お姉ちゃんは、〈どれも可愛くて、おいしそうな名前ね〉って微笑みながら、キャラメルを選びました。小雀ちゃんの薄茶の羽根の色が、おいしい焦げ目に見えちゃうあたり、やっぱり食い意地が張っているのかもしれませんね、わたし。
二つの候補を決めて、お父さんとお母さんに相談した結果、満場一致でアルフォンソが選ばれました。尊いスイシャク様の眷属で、アリアナお姉ちゃんの力になってくれる、できる子の小雀ちゃんなので、立派な名前の方が良いだろうっていうことになったんです。
念のために、スイシャク様にお伺いを立てると、ふっっす、ふっっすと喜んでくれました。まあ、名前をつけてから半日後には、名付け親のアリアナお姉ちゃんを含め、全員が〈アーちゃん〉って呼んでいましたけどね。
あれ? 小雀ちゃんの名前だけで、手紙が終わってしまいました……。次の手紙では、町立学校の話とかも書きますので、また会いましょうね。
キャラメルって、ちょっと可愛い名前だと思う、チェルニ・カペラより
追伸/
ネイラ様だったら、小雀ちゃんにどんな名前をつけますか?
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素直な名前の付け方が可愛らしい、チェルニ・カペラ様
きみとアリアナ嬢だけでなく、ご両親まで交えて、真剣に名前を決めてもらえるとは、彼の小雀は幸運ですね。神霊の眷属ともなれば、名は体を表しますから、きっと〈アルフォンソ〉の名に相応しい、覇気のある雀に育っていくのでしょう。
……自分で書いておいて何ですが、〈覇気のある雀〉という矛盾した概念に、なぜか笑いが込み上げてきました。こういう状態を、〈笑いのつぼに入った〉というのでしょうね。王国騎士団の者たちが、微妙に不安そうな顔をしていますので、平気な顔をしなくては。
きみが考えついた名前は、どれも素敵だと思いますよ。以前のわたしであれば、菓子には興味がなく、良い名だとも思わなかったでしょうが、きみのお父上から、素晴らしい菓子を頂戴するようになって以来、〈おいしそう〉という気持ちがとても良く理解できるようになりました。
キャラメルといえば、以前にいただいた塩キャラメルで、甘さと塩味が奇跡的な融合を果たしていました。マロングラッセは、最初に送っていただいた菓子で、極上の香りと控えめな甘さが、舌を震わせました。マフィンは、まだ食べることが叶いませんが、きっと感動的な美味なのでしょう。
もし、小雀がキャラメルという名になったら、さぞかし可愛らしかったでしょうね。わたしが、カペラ家の名付け会議に出席していたら、キャラメルに一票です。本当ですよ?
きみの手紙の追伸で、わたしであれば、小雀に何と名付けるのかと聞いてもらいましたので、少し考えてみました。いくつか候補はあるものの、もっとも相応しいと思うのは、〈迦陵嚬〉でしょうか。
この名は、神々に似た声で鳴く鳥という意味です。縁起の良い名ではありますが、個体の名としては、今ひとつかもしれませんね。少なくとも、小雀にとっては、〈アルフォンソ〉あるいは〈キャラメル〉と名付けられ、可愛がられた方が、幸せに違いありません。
では、また。次の手紙も楽しみにしていますので、手紙の中で会いましょうね。
アリアナ嬢の〈テオドシウス〉は、雀の名には合わないと思う、レフ・ティルグ・ネイラ