連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 幕間書簡(8) ルクス・クランとモリス・コーエン
幕間書簡(8)
ルクス・クランとモリス・コーエン
〈キュレルの街の〈野ばら亭〉で、副料理長として働くルクスと、王都で探偵業を営むモリスとの書簡〉
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モリスへ
元気か、兄弟? しばらく会っていないが、病気なんかしていないだろうな? 仕事が忙しいのはわかるが、近いうちにまた帰ってこいよ。親父さんや女将さんも、モリスに会いたがっているからな。おまえだって、そろそろ〈野ばら亭〉の料理が恋しいだろう?
今日は、おまえに頼みがあって、手紙を書いている。もちろん、親父さんたちも承知の上の頼みだ。無理のない範囲で、協力してくれたらありがたい。おまえが承知してくれたら、正式に依頼を出したいそうだ。
依頼の内容は、孤児に関する調査だ。探偵業をやってるくらいだから、おまえ、王都の孤児たちにも伝手があるだろう? その伝手をたどって、最近の貧民街の事情なんかを、ひと当たり調べてほしいんだ。
そう、今、おまえが考えたことが正解だ。チェルニちゃんが王立学院に進学する関係で、〈野ばら亭〉の王都支店を出す計画があって、親父さんたちは、王都でも孤児を雇おうかって、考えてくれているんだよ。
おまえ、思わず叫んだだろう? わかるさ。おれだって、親父さんに話を聞いたときは、大声を出しちまったからな。王都にごろごろいる孤児たちが、高い賃金で仕事をさせてもらえて、最高に美味い飯にありつけて、住むところを手配してもらえて、何なら勉強までさせてもらえるんだ。これ以上の幸運なんて、ちょっと思いつかないもんな。
どうやったら、できるだけ多くの子どもを、安全に雇ってやれるのか、おまえの知恵を貸してくれ。王都を裏で仕切っていて、この計画を邪魔しそうなやつがいたら、事前に教えてもらえると助かるよ。
ちなみに、女将さんからは、笑顔で釘を刺されている。知っていることを教えてくれるだけで十分だから、王都の裏社会のやつらとは、絶対に交渉しようとするな。近づくことも認めない、ってさ。正当な雇用を邪魔されそうなときは、〈公権力に頼るのが一番〉だって、にっこり笑ってたよ……。
ものすごく綺麗で優しくて可愛いけど、相変わらずの迫力だったよ、女将さん。おれたちなんかじゃ、絶対に逆らえない〈豪腕〉に、あれだけ惚れられてる親父さんは、やっぱり大した男だと思うな。
なあ、兄弟。おれもおまえも、親の顔さえ知らなくて、盗みやごみ漁りしかできない孤児だった。キュレルの街に流れ着くまでは、腹一杯、飯を食えたことなんて一度もなかったよな? そんなおれたちを、親父さんと女将さんが拾ってくれた。ろくに仕事もできない子どもに、一人前の賃金を払って、最高に美味い飯を、賄いだっていって食べさせてくれた。初めて、親父さんの焼き立てパンを食ったときの気持ちは、今も忘れられないよ。
〈野ばら亭〉のお陰で、キュレルの街の孤児たちは、今も誰一人、飢えちゃいない。わざと多目に焼いたパンを、残り物だからって渡してもらえるだけじゃなく、働いて自立できるように助けてもらえるからな。
おれは、親父さんの料理に惚れ込んで、料理人の道に進んだが、おまえみたいに、他の仕事に就くやつだって大勢いる。仕事を選べるだけの余裕まで、孤児たちに与えてもらえるんだ。〈野ばら亭〉は、この世の天国なんだって、おれは今でも思ってるよ。
〈野ばら亭〉が王都に支店を出せば、絶対に何人もの孤児たちが幸せになれる。その手伝いができるなら、おれもおまえも本望ってものだよな。
ルクス
追伸/
やっぱり、おまえと会って話したい。近々、親父さんのお供で王都に行くから、時間を作ってくれよな?
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ルクスへ
おまえからの手紙を読んで、喜びすぎて、うっかり泣いちゃったよ。王都の孤児どもが、あの最高に美味いパンを、腹一杯食えるかもしれないなんて、考えるだけでうれしいもんな。もちろん、おれにできることは何だってするとも!
女将さんの注意は、絶対に守るから、そこは安心してくれ。若すぎるし綺麗すぎるけど、女将さんは、おれたちの母親みたいなもんだ。それも、怒らせると死ぬほど怖い母親だ。精神的にも物理的にも、裏社会の乱暴者より怖いもんな。何があっても、女将さんには逆らわない。それが身のためなんだって、骨身に染みてるんだよ、おれ……。
おまえの手紙を読んでいるうちに、おれも、〈野ばら亭〉で働かせてもらってた頃を思い出したよ。来る日も来る日も、ひたすら料理の下処理をやったよな? モツ煮込みに使うモツを、徹底的に綺麗にしてさ。いつも優しい親父さんが、そこだけは厳しかったよな。
おれ、今でも鮮明に覚えてるよ。おれたちが下処理したモツの煮込みと、先輩たちが下処理したモツの煮込みを、食べ比べさせられてさ。あまりの味の違いに、絶句したんだ。腐った飯だってご馳走だった、貧民街の孤児にだってわかるくらいの、とんでもない差だったよな?
驚いて、黙り込んじまったおれたちに、親父さんはいったんだ。モツを洗うんじゃない、心を洗うと思えって。あまりのかっこ良さに、痺れたよ、おれ。誰も教えてくれないことを教えてくれる、この人が親父だ。この人についていったら、真っ当に生きられるって、確信したんだ。
今にして思うと、当時の親父さんって、今のおれたちより若いくらいだろう? なんていうか、人間の出来が違うわ。おまえのいう通り、〈野ばら亭〉は天国で、そこに入れてもらえたおれたちは、本当に果報者だな。
そうそう。王都の孤児たちの情報だったよな? 詳しいっていうほどじゃないが、今でもある程度はわかってる。親父さんたちが心配している横槍は、あんまり入らないと思うぞ?
王都っていうところは、表が華やかな分だけ、裏は黒いのが通り相場なんだが、今のルーラ王国には、王国騎士団長閣下がおられるからな。それまでは、見た目だけ平和で綺麗だった王都が、本当に真面になりつつあるんだ。
何というか……王国騎士団の方々が、団長閣下のお望みだからって、異常に真剣に治安維持に当たってるんだよ。王国騎士団が出張ってくれば、王都の守備隊もうかうかできないからな。今の王都は、過去最高に治安が良いんじゃないかね?
ともあれ、会って話す方が早いし、明日にでもキュレルの街に行くよ。自由業って、融通がきくから、こういうときは良いな。
夕方には着くから、いつもみたいに泊めてくれよな、兄弟? 〈野ばら亭〉の飯が食えるのかと思うと、うれしくて仕方ないぜ!
モリス