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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 29通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 人は、どんなときに、この世の〈深淵しんえん〉に想いを馳せるのでしょうか? わたし、チェルニ・カペラについては、はっきりと答が出ました。今朝、目が覚めた瞬間に、わたしは、哲学的な思考の渦に巻き込まれたのです。

 えっと。この間、お母さんに買ってもらった、〈よくわかる哲学〉っていう本の真似をして、わたしの心境を書いてみました。何をいいたいのか、よくわからないかもしれませんが、それだけ混乱しているんだと思ってください。

 最近のわたしは、ネイラ様が編んでくれた、可愛いサクラ色のショートマフラーを枕元に置いて、素敵な肌触りを楽しみながら寝ていました。とっても暖かくて、ぐっすり眠れて、本当に最高なんです。
 ところが、今朝の目覚めは、最高を通り越して、最っっ高! な感じでした。なぜかというと、ネイラ様のショートマフラーと一緒に、ふわっふわで純白の巨大雀と、艶々つやつやな手触りの真紅のご神鳥が、わたしの肩口で寝息を立てていたんですよ。

 あんまり寝起きの良くないわたしも、いっぺんに目を覚まして、しばらく硬直してしまいました。だって、神霊さんのご分体が、平民の家にいるっていうだけでも、とんでもなく畏れ多いのに、一緒にぐうぐう寝ちゃってるんですよ? これって、大丈夫なんでしょうか、ネイラ様? 不敬罪に問われたり、バチが当たったりしませんか?
 わたしが混乱して、現実逃避したくなって、この世の深淵をのぞきに行っても、無理もないと思うんです。

 しばらくすると、巨大雀のスイシャク様が、優しいメッセージを送ってくれました。安心させようと思って、近くで寝ていただけだから、心配しなくていいよって。神霊さんが勝手にしたことで、不敬に問うたりはしないって。
 紅い鳥のアマツ様が、〈我らのことは、羽毛布団と思うが良い〉って、わたしの頬に頭突きをしてきたのは、やっぱり思考を読まれちゃったからでしょうかね?

 そういえば、昨夜、初めて顕現したスイシャク様が、ネイラ様に手紙を届けてくれたんでしたっけ。巨大雀の衝撃で、このことを尋ねるのを忘れていました。
 スイシャク様は、〈神威しんいげき〉に挨拶をするんだって、ネイラ様のところへ飛んで行ったんですけど、ご対面はどんな感じだったんでしょう? 純白の巨大雀とネイラ様の取り合わせって、意外と似合っていて、可愛い気もします。(スイシャク様は、何も教えてくれません。そのうちに、説明してくれるそうです)

 スイシャク様とネイラ様といえば、呼び方が気になっています。わたしは、スイシャク様のお名前を教えてもらったのに、〈魂の器〉が足らなくて、言葉として認識できず、スイシャク様というあだ名? でしか呼べないんです。(しかも、他の人には《チュンチュン》いってるように聞こえるんですって、恥ずかしい!)
 ネイラ様は、スイシャク様のお名前を知っていますか? お名前そのものは、自分で認識できるように頑張りますので、〈知ってるよ〉とか、〈知らないよ〉とかだけ、教えてもらえると嬉しいです。

 クローゼ子爵家の問題は、ものすごく深刻なのに、スイシャク様とアマツ様と、何よりもネイラ様のお陰で、皆んなが落ち着いていられます。本当に本当に、感謝しています。ありがとうございます。

 では、また、次の手紙で会いましょう! そのときには、マフラーを一緒にお届けできる……といいなぁ。

     チュンチュンいって可愛いのは、五歳くらいまでだと思う、チェルニ・カペラより

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紅白の神鳥との取り合わせが絶妙な、チェルニ・カペラ様

 クローゼ子爵家の〈神去かんさり〉や、子どもたちの誘拐など、深刻な問題に巻き込まれているにもかかわらず、きみが書いてくれる手紙は、ほのぼのとした明るさに満ちていますね。とても微笑ましく、素晴らしいことだと感心しています。

 きみのいう巨大雀の〈スイシャク様〉は、確かにわたしの家を訪ねてくれました。の方とは、知らない仲でもないのですが、現世うつしよで対面したのは、あの日が初めてでした。
 大いなる神威と共に、わが家に顕現した、彼の方を見た瞬間、やはりわたしは爆笑してしまいました。あまりにも〈ふっくふく〉で、愛らしい姿だったからです。
 もしかすると、生まれてこの方、あれ程までに笑ったことはなかったかもしれません。きみと出会ってから、わたしの生活の中にまで、明るさと楽しさが生まれているような気がしています。ありがとう。

 彼の方の御名ぎょめいは、よく知っています。神としての名は、□□□□□□□□と申されます。わたしは、正式な〈古語こご〉で書いているのですが、きみの目には、何かの記号のように見えているのでしょう。
 スイシャク様というのは、あだ名というよりも、彼の方の〈存在としての方向性〉と考えた方が、実相じっそうに近いのではないかと思います。きみであれば、きっと近い将来、その意味がわかると思いますよ。

 紅い鳥の〈アマツ様〉は、御名を□□□□□□□と申されます。この文字も、今は読み取れないでしょうね。アマツ様というのは、彼の方の属性のようなものだと考えてください。
 わたしにとってのアマツ様は、生まれて間もない頃から、ずっと側にいてくれる、親友のような存在です。□□(と、わたしは呼んでいます)がいてくれなければ、わたしはもっと孤独であり、人の世にも馴染めなかったかもしれません。とても感謝し、大切に思っています。(□□には、いいませんけどね。恥ずかしいですから)

 スイシャク様と□□が、きみの側にいてくれるのであれば、それ以上の守りはありません。わたしも、とても安心できましたので、楽しく文通を続けましょうね。

 最後にひとつ。一緒にブランデーケーキを食べるようになった母が、〈野ばら亭〉に食事に行きたいと、毎日のように話しています。護衛などは最小限にして、こっそりと行かせたら、ご迷惑でしょうか? 一度、きみの父上に尋ねてもらえると、助かります。

 では、また。次の手紙で会いましょう。

     十四歳の少女がチュンチュンいっても、可愛らしいと思う、レフ・ティルグ・ネイラ