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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-31

 午前中の筆記試験を終えて、わたしは、保護者の控え室に向かった。大好きなお父さんたちが、お昼ご飯を用意して待っていてくれるはずだから、おいしいものをたくさん食べて、午後からの実技試験に備えるんだ。
 保護者控室までの道順は、大きく矢印で表示されているから、すぐにわかる。お母さんとアリアナお姉ちゃんは、もう神霊庁から移動できたのかな……と、思いながら歩いていたら、控室が近づくにつれて、さざなみみたいな声が聞こえてきた。
 
 〈誰だ、あれ?〉〈とてつもない美少女だよな〉〈誰の家族だ?〉〈おい、話しかけてみようぜ?〉〈だめだよ。父親と一緒じゃないか〉〈ぼくなら大丈夫だ。伯爵家の者だぞ?〉〈いや、さっき伯爵家の嫡男が拒否されていたぞ。速攻で〉〈無礼な〉〈だめだ。目が吸い寄せられる。帰り道で待っていようか〉〈おれは、隣の美女が良い〉〈いや、母親だろう、あれ。確かにすっごい美女だが〉って。
 ……うん。もう到着しているみたいだよ、アリアナお姉ちゃん。気のせいか、ちょきちょきちょきちょき、微かにものを切る音が響いているから、ご神きょうの〈紫光しこう〉様が、せっせとお仕事をしてくれているんだろう……。
 
 保護者控室に入った瞬間、わたしは、感嘆のため息をついた。いつもは、自分の家で見ているアリアナお姉ちゃんに、外で会ったことで、客観的に見られたんだろう。アリアナお姉ちゃんってば、蜃気楼の神霊さんの偽装が、八割くらいけているんじゃないの?
 神霊さんたちは、お姉ちゃんのことを、〈身も心も衣から透けて輝くほどに美しい〉っていう意味で、〈衣通そとおり〉って呼ぶんだけど、本当にその通りだった。アリアナお姉ちゃんは、控室がそこだけ明るく見えてくるほど、とてもとても美しかったんだ。
 
 蜃気楼の神霊さんの加護があって、ご神鋏の加護まであって、それでも十分だと思えない。オディール様とマチアスさんが勧めてくれて、フェルトさんが決心したみたいに、大公家にお嫁に行くのが正解だよ、アリアナお姉ちゃん。すぐにでもオディール様たちと話をして、アリアナお姉ちゃんのために大公騎士団を再編成してもらおう。絶対に、そうしよう。
 わたしが、決意も新たにしていると、わたしに気づいたアリアナお姉ちゃんが、ふんわり笑って声をかけてくれた。
 
「あら、チェルニ。お疲れ様。お腹が減ったでしょう? お父さんが、チェルニの好きなものを用意してくれているから、一緒に食べましょうね?」
 
 家では見慣れている、アリアナお姉ちゃんの笑顔って、外では刺激的すぎるね。そこだけ光が当たっているみたいで、どこまでも優しくて、まるで天上の花が咲いたみたいだった。声だって、澄み切った鈴の音色みたいだし。妹のわたしでも、思わず言葉を失っちゃうんだから、どうしようもないね、これは。
 わたしの予想通り、控室が揺れるほどのどよめきが起こったところで、肩の上のスイシャク様が、さっと可愛い羽根を振った。すると、しゃらしゃらと涼やかな音を立てて、光の天幕みたいなものが降りて、お姉ちゃんたちの周りをぐるりと囲ったんだ。
 
 確かに見えているのに、あまりはっきりとは認識できなくなる、透けて輝く光の天幕。反対側の肩の上のアマツ様が、〈《神夜かみよとばり》也〉って教えてくれたから、そういうことなんだろう。
 ついさっきまで、お姉ちゃんを遠巻きにして広がっていたざわめきは、スイシャク様の天幕が降りてきた途端に、静かになっていった。皆んな、不思議そうに首を振るだけで、大きな騒ぎになっていないのは、単に姿を隠すだけじゃなく、お姉ちゃんの存在、もしくは認識そのものを隠しているからじゃないのかな?
 
 スイシャク様のおかげで、やっと落ち着いた雰囲気になったから、わたしは、安心してお姉ちゃんに応えた。
 
「来てくれてありがとう、お姉ちゃん。ちょうどお腹が減ったところだったんだ。お母さんも、ありがとう」
「なあ、チェルニ?」
「何かな、お父さん? 待っててくれてありがとう」
「いや、それは当然なんだが、おまえが来た途端に、周りが静かになった気がするんだけど、勘違いか?」
「ううん、勘違いじゃないよ。アリアナお姉ちゃんに注目する人が多すぎて、いろいろと大変だろうからって、スイシャク様が目眩めくらましのための幕を張ってくれたんだ。わたしたちの姿は、視覚的には見えているけど、存在としては認識しにくくなっているんだと思うよ」
「まあ、何てありがたいことでしょう! 神霊庁は快適だったのに、王立学院の敷地に入ってからは、周りの視線がうるさかったのよ。助かるわ。家に帰ったら、わたしたちからも、ご神霊様方に感謝を捧げさせてね」
「本当にありがたいことだ。それとな、チェルニ。実は、さっきから、ちょきちょきちょきちょき、鋏みたいな音が聞こえている気がするんだが、ご神鋏が加護を振るってくださっているんじゃないのか?」
「うん。〈紫光〉様ってば、すごい勢いで飛び回って、あちこちの糸を切ってくださってるみたいだよ」
「……そうか……」
 
 お父さんとお母さんは、二人で顔を見合わせて、大きなため息をついた。わたしの両親は、アリアナお姉ちゃんの幸せだけを祈っているから、こういう面倒ごとが重なると、ついつい心配になるんだろう。わたしにも、お父さんとお母さんの気持ちはよくわかる。よくわかるんだけど、このときのわたしは、ちょっと別のことを考えていた。
 わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、あまりの美しさに、普通の生活が送れないはずだったのに、蜃気楼を司る神霊さんが印をさずけてくれたから、十七歳になるまで無事に暮らしてこられた。そして、蜃気楼の神霊さんのご加護だけだと、だんだんとごまかせなくなってきたら、今度はご神鋏の〈紫光〉様も力を貸してくださっている。本当にありがたくて、畏れ多いんだけど、それだけでいいのかな?
 
 クローゼ子爵家の人たちが、わたしたちを狙っていたとき、ネイラ様はたくさんの手を尽くしてくれた。ヴェル様や王国騎士団の人たちを派遣してくれて、王都でクローゼ子爵たちを追い詰めてくれて、〈黒夜〉まで動かしてくれた。
 当事者だったフェルトさんも、アリアナお姉ちゃんも、総隊長さんや守備隊の人たちも、フェルトさんのお母さんも、自分のできる方法で、一生懸命に戦っていた。わたしは、神霊さんたちに守ってもらって、家に引きこもっていただけだったけど、そうやって大人しくしていることが、わたしに許された戦い方だったんだと思う。
 
 犯罪組織の〈白夜びゃくや〉が、〈野ばら亭〉を襲撃してきた日、スイシャク様とアマツ様の紅白の光にぐるぐる巻きにしてもらって、一時的に現世うつしよから切り離されたわたしは、この世の誰よりも安全だった。それは皆んなも知っていたはずなのに、わたしの周りの大人たちは、やっぱり変わらずにわたしを守り続けてくれたんだ。
 ヴェル様は、〈御神霊のお力におすがりするだけでは、神霊庁の名折れでございます。数ならぬ人の身にても、チェルニちゃんをお守りしなければ〉っていっていた。自分たちで努力もせずに、神霊さんに頼るだけじゃだめなんだって、わたしに教えてくれたんだろう。
 
 だとしたら、わたしの大好きな、大切なアリアナお姉ちゃんも、同じじゃないのかな? 蜃気楼の神霊さんと〈紫光〉様に感謝を捧げ、お力をお借りしながら、わたしたちだって、アリアナお姉ちゃんを守るべきだと思うんだ。
 お姉ちゃんの婚約者であるフェルトさんは、それがわかっているからこそ、大公家に入る覚悟を決めた。お父さんとお母さんも、アリアナお姉ちゃんのために何ができるか、いつだって真剣に考えている。だったら、わたしは? 十四歳の平民の少女だけど、なぜか神霊庁で〈神託しんたく〉の宣旨せんじを受けちゃったわたしには、何かできることがあるんじゃないの?
 
 わたしは、さっきの金魚少年のことでも、本当は悔しいなって思っていたんだ。神霊さんや神霊庁や王立学院の先生たちや、いろんな人の力を利用して、金魚少年を撃退したわたしは、自分一人だったら、どうしていたんだろうって……。
 
 ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる。お父さんが作ってくれた、ものすごくおいしい一口サンドウィッチを食べながら、一生懸命に考えた。わたしは非力な少女だから、自分の力だけでは金魚少年に勝てなかった。相手が貴族だっていうことを抜きにしても、殴られたら簡単に負けちゃうだろう。
 だったら……だったら、わたしが強くなるには、神霊術しかないと思う。校舎を丸ごと〈神の業火ごうか〉で燃やしちゃって、その後、誰も寄って来なくなったネイラ様みたいに、〈神託の巫〉の宣旨を受けたわたしが、その名に相応しい実力を示すことができれば、わたしやアリアナお姉ちゃんに手出しをする人って、めったにいないんじゃないの?
 おじいちゃんの校長先生のいっていた、〈出すぎるくいは打たれない〉って、そういうことだよね?
 
 われながら雑な理屈だとは思うけど、とりあえず将来の方針は決定した。わたし、チェルニ・カペラ十四歳は、まずは全力で実技試験に挑むんだ!
 
     ◆
 
 ぐるぐる考え込んでいる間も、わたしと二柱ふたはしらは、せっせとお昼ご飯を食べていた。お父さんが作ってくれた一口サンドウィッチは、具の種類がたくさんあって、見た目も本当に綺麗で、ものすごくおいしいんだ。
 ローストビーフとたっぷりクレソン、スモークサーモンとクリームチーズと黒こしょう、甘辛ソースのグリルチキンと玉ねぎ、白身魚のフライとピクルスいっぱいのタルタルソース、あえてシンプルにバターときゅうり、海老とアボカドマヨネーズソース、軽く塩をしたかぶと薄切りハム……。
 サラダは食べやすいスティックサラダで、別の容器には甘い一口サンドウィッチも用意してくれていた。クリームチーズと自家製ベリージャム、自家製のピーナッツバター、生クリームとフルーツ。うん。いつものことながら、本当に贅沢ぜいたくな食生活を送っているよね、わたしたちって。
 
 意外と好きなバターときゅうりのサンドイッチを飲み込んでから、やっと気持ちを落ち着けたわたしは、元気に話を再開した。お父さんもお母さんも、学科試験のことを気にしてくれているのは、わかっていたしね。
 
「ごめんね。ちょっと考えごとをしちゃってたから。おいしく食べているのに、黙ってたらだめだよね」
「大丈夫よ、子猫ちゃん。顔がおいしいっていってるもの。考え込んでいたのは、さっきの学科試験のことを?」
「ううん。学科試験は問題ないよ。間違えたところはないと思うし、わからない問題もなかったよ。字も丁寧に書いたから、良い点数が出るんじゃないかな? わたしが考えていたのは、午後からの神霊術の実技のことなんだ」
「どんな術を使うのか、大体は決めているんだろう、チェルニ? 校長先生が指導してくださったお陰だな」
「うん。でも、校長先生と話したときより、もっと思いっ切りやってみようかなって思ってさ。人目を気にして、トラブルを避けようとするのって、めんどくさいじゃない? だったら、誰も何もいわなくなるくらい、全力でやってみようかなって」
 
 お父さんとお母さんは、びっくりしたみたいに目を見開いて、わたしの顔を見ていた。お父さんは〈お〉、お母さんは〈え〉の形に、口が開いちゃってるよ。そんなに驚かすようなことをいったのかな、わたし?
 アリアナお姉ちゃんは、にこにこと微笑みながら、小さく拍手をしてくれた。〈素敵。楽しみにしているから、頑張ってね、チェルニ〉って。うん。何があっても動じない、うちのお姉ちゃんって、やっぱり大物だよね?
 
 本当のことをいうと、今までいろんな神霊術を使ってきたけど、〈これが限界〉って思ったことは、一度もなかった。わたしの魔力が大きいとか、術が優れているとかっていうより、あんまり力を使わなくても、神霊さんたちが助けてくれていたんだと思う。自惚れているみたいで嫌なんだけど、神霊さんたちの方から、〈頼ってほしい〉っていってもらっているみたいな気がしていたんだ。
 校長先生との打ち合わせでは、三つか四つ神霊術を〈多重展開〉して、同時に〈霊降たまおろし〉も試してみて、神霊さんにお出ましいただくつもりだった。でも、もっともっと、本当の限界近くまでやってみようかな?
 
 わたしが、そんなふうに思っていると、膝の上のスイシャク様と、肩の上のアマツ様が、ぶわっと大きくなった。見た目の大きさは同じなんだけど、存在感っていうのか、神威しんいっていうのか、神霊さんとしてのり方が、一気に巨大になったんだ。二柱からは、すぐに大喜びしているイメージが送られてきた。
 〈雛の目覚めの始め也〉〈人の子が《神威しんいげき》と畏怖したる、御方おんかたが使いしは、人にあらざる神力にて〉〈我らが雛の使いしは、霊降、神降とぞ呼ばれけん〉〈人の子が神霊術と呼びたるに、も成り立ちを異にせん〉〈人の子が、神を忘れしときこそが、滅ぶ契機と為りたれば〉〈現世に示さん、神世かみのよ欠片かけら〉〈《神威の覡》は我らが化身。現世うつしよにては過ぎたる力。森羅万象しんらばんしょうを裁きたる〉〈《神託の巫》は我らがよすがく現世をば守りけれ〉って。
 何だか良くわからないけど、わたしが、思い切って神霊術を使うことは、神霊さんたちのお気持ちに叶うことらしいんだ……。
 
 アリアナお姉ちゃんは、わたしの決心を喜んでくれて、お父さんとお母さんも、後からちゃんと賛成してくれた。〈やっちゃいなさい、子猫ちゃん。何だったら、ぴかぴか発光しちゃったら? 変な人が寄ってこなくなるわよ、きっと〉っていったのは、お母さん。〈そうだな。発光したら、男も寄ってこないな。よし! そうしてくれ、チェルニ! いつもより余分に発光するんだ!〉っていったのは、お父さん。
 前々から、薄っすらわかっていたんだけど、わたしの大好きなお父さんとお母さんは、ちょっとだけ世間の常識とズレているかもしれないね。
 
 そんなことを話しているうちに、二時間のお昼休憩は、あっという間に終わりに近づいた。保護者控室にいた家族たちが、次々に席を片付け始めているから、そろそろ移動した方が良いんだろう。
 王立学院の実技試験は、校庭でいっせいに行われる。受験生が、どんな神霊術を使うかわからないから、室内は避けているんだって、ヴェル様が教えてくれた。校庭の中に設けられた席に、受験番号順に生徒が座る。見学の保護者たちは、校庭をぐるりと囲む遊歩道に置かれた折りたたみ式のベンチに座って、生徒の実技を見守るんだ。
 
 毎年、王立学院の受験には、三百人くらいの受験生が集まるらしい。王都に住んでいて、前から王立学院に通っている、内部進学の貴族の子が百人くらい。地方に住んでいる貴族の子や、成績優秀な平民の子が、合わせて二百人くらい。それだけの人数が、実技試験を受けるとなると、とても午後の時間だけで終わりそうにないと思うんだけど、王立学院には特殊な〈自己申告制度〉っていうのがあるから、大丈夫なんだって。
 
 実技試験の最初に、内部進学組の貴族の子の中から、試験官の先生が一人を指名する。その子は、得意の神霊術を披露する。その後は、受験番号の順に〈公開実技〉を希望するか、〈非公開実技〉を希望するか申告していく。最初の生徒と比べて、すごく見劣りがすると思ったり、皆んなの前で披露するのが苦手な生徒は、無理に人前でやらなくても良い。校長先生やヴェル様の話では、公開実技を希望する生徒は、毎年三十人もいないんだって。
 公開実技を希望した生徒は、そのまま皆んなの前で神霊術を使う。非公開実技を希望する生徒は、公開実技が終わってから、いくつかの教室に分かれて、試験官の先生の前で改めて神霊術を使う。公開を選んだ生徒の方が、実技百点中十点だけ加点してもらえるのは、当然といえば当然だろう。
 
 わたしたちは、おいしいお昼ご飯の後片付けをして、校庭へと向かった。スイシャク様が降ろしてくれた〈神夜の帳〉は、わたしたちが動いても消えていかなくて、アリアナお姉ちゃんの存在を薄くしてくれている。そうでないと、お姉ちゃんに気を引かれちゃって、試験に失敗する生徒が続出しそうだから、本当に良かったよ。
 
 青々としたかいの木の並木道を歩いて、煉瓦れんがの敷き詰められた遊歩道に出ると、たくさんの家族が席を取り始めていた。お父さんたちも、ベンチの一つに腰かけて、手を振ってわたしを送り出してくれた。
 ここからは、わたしが一人で頑張るところなんだけど、あんまり緊張感はないな。両肩に乗っている二柱が、ものすごく張り切っていて、〈人の子のすなる試験也〉〈いと面白き〉〈いざ、我らが雛の技を見せん〉〈ことごとく燃やし尽くさん〉って、羽根を膨らませているから……。
 
 校庭に用意された、受験生用の椅子は、二手に分かれていた。椅子の少ない方が、内部進学組なんだろう。わたしの受験番号は三百十二番だから、人数の多い方の組の、最後尾に近い席だった。
 さっきスイシャク様が着せてくれた、存在を薄くする〈蓮華れんげの衣〉のお陰か、わたしに話しかけてくる子はいない。ようやく安心して、持ってきた〈騎士と執事の物語〉を読んで、ネッ、ネイラ様を思い出したりしているうちに、校庭に予鈴が響いてきた。いよいよ、実技試験が近づいてきたんだ。
 
 予鈴の音と同時に、校庭に出てきたのは、二十人くらいの先生たちだった。そのうちの五人は、校庭の真ん中に用意されていた、机と椅子のところへ向かい、残りの十五人は、等間隔で生徒たちの後ろに立った。五人が試験官で、十五人が監督官なんだろう。もう一人、机の横に立っている先生は、司会役なのかな?
 
 さすがに緊張して、ちょっと胸がどきどきし始めたところで、司会役らしい先生が、朗々ろうろうと響く声でいった。
 
「皆さん、準備はよろしいですか? 間もなく神霊術の実技試験を開始します。試験の実施中に、お手洗いに行きたくなったり、気分が悪くなったりした受験生は、手を上げて合図をしてください。良いですね? 神霊術の実技試験は、公開か非公開かを選択できます。まず、内部進学予定者の中から一人、公開実技を行ってもらいますので、その生徒の実技を一つの基準にしてください。その生徒に及ばないと思ったからといって、非公開にする必要はなく、あくまでも目安の一つです。その後、わたしが受験番号と名前を読み上げますので、公開実技を希望する生徒は、試験官の前まで進み、名前を名乗ってから、神霊術を行使してください。非公開実技を希望する生徒は、席に座ったまま、そう申告してもらえれば、次の番号の受験生に移ります。では、皆さん、健闘を祈ります」
 
 先生が説明を終えたところで、ちょうど本鈴が鳴り響いた。大きくうなずいた先生は、試験官の先生たちに一礼してから、手に持っていた紙を開き、試験の開始を宣言した。
 
「では、只今ただいまから、本年度の実技試験を開始します。最初の実技者は、受験番号を一番、イズマル・ヒルシュ・アイゼン!」
「はい!」
 
 先生の呼び声と共に、やけにきらっきらした衣装を着た男の子が立ち上がり、試験官の前まで歩いて行った。その子が着ているシャツって、もしかして金色なんじゃないの? 黄色じゃなくて、金色。
 わたしの肩の上のスイシャク様とアマツ様は、〈あなや!〉〈何と面白き衣装〉〈祭りとぞいうものか〉〈金銀に光りたる〉〈銅像にするが似合い也〉〈銅像の名は《金無垢きんむく少年》で如何いかが〉って、ものすごく楽しそう。やっぱり、ちょっと試験の邪魔をされている気がするのは、無理のない話だよね?
 
 わたしたちが、こっそり騒いでいる間に、金無垢少年は、受験生の方を振り返り、ふふんっていう感じに胸を張った。そう、いよいよ実技試験の始まりなんだ!