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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-3

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 大公家のお姫様だったオディール様の、あまりの早口と勢いに圧倒されて、わたしの家族と総隊長さんは、ちょっと呆然としちゃった。
 大公のお屋敷では、相手を怒らせるために、わざとあおっているのかと思ってたんだけど、お姫様って、普段からこういう人だったの? 悲劇のお姫様っていうイメージが、一気に崩れたのは、いいこと……なんだよね、きっと。
 
 お姫様に寄り添うように、横に座っていたマチアスさんは、すっごく優しい目をして、オディール様を見つめている。マチアスさんは、お姫様のことが、可愛くて仕方ないんだね。お姫様がおばあちゃんになっても、その気持ちはかけらも変わらないんだって、わたしにもよくわかったよ。
 マチアスさんは、楽しそうに微笑んだまま、お姫様にいった。
 
「皆さんが、驚いていますよ、姫。まずは、自己紹介をしてはいかがですか?」
 
 マチアスさんの言葉に、われに返ったんだろう。お姫様は、白い頬をうっすらと薔薇色に染めて、恥ずかしそうに笑った。レースの扇で口元を隠して、〈あらあら、まあまあ。ほほほほ〉って。わたしの目から見ても、可愛いわ、お姫様。
 
「失礼しました、皆様。わたくしは、オディール・ティグネルト・ルーラです。今のところ、公式にはオディール・シェラント・ヨアニヤなのですけれど、間もなく婚姻の無効を申し立てることになりますので、ヨアニヤの名は捨ててしまえるわ。わたくし、何十年も別邸にこもっていたので、人に慣れなくて、つい話しすぎてしまいますの。お許しになってね」
「いや、大公家の姫君であらせられたときから、わりと感情のまま、早口で話し続けておられましたよ、オディール姫」
「嫌だわ、マチアスったら。きっと誰かと間違えているのね。わたくし、無口な令嬢で有名でしたもの。それより、お訪ねした用件をお話ししなくては。皆様、何事かと思っていらっしゃるでしょうからね」
 
 うん。そりゃあ、思ってるって。大公家のお姫様が、平民の家を訪ねてくるなんて、普通じゃないからね。さっきのご挨拶? を聞く限り、フェルトさんとお姉ちゃんの結婚に反対されることはなさそうだけど、やっぱり気になるよ。
 わたしと同じように、全員がこくこくうなずいているのを見て、マチアスさんがゆっくりと説明してくれたんだ。
 
「初めまして、カペラ家の皆さん。そして、フェルトがお世話になっています、総隊長。今日、オディール様とわたしがご訪問したのは、これまでの事情をご説明し、これからのことをご相談したかったからです。サリーナは、亡き息子、クルトの妻として、ほとんどの事情を知っていますが、フェルトは、まだ何も知りません。さあ、サリーナからも、ひとこと話しておくれ」
「畏まりました、閣下。カペラ家の皆様には、結果的に秘密を持つことになってしまい、申し訳ございません。アリアナさんに求婚をさせていただくとき、すべてをお話しするようにと、フェルトに申しましたのに、わたしの方が、フェルトにまで隠し事をしていました。なんとお詫びしていいのか……。フェルトも、黙っていてごめんなさいね」
「よろしいんですよ、サリーナさん。お話しになれることなら、きっと話してくださったでしょう? わたしたちは、気にしていませんわ。そうよね、アリアナ?」
「はい。わたしは、フェルトさんさえよろしければ、それで」
「ありがとうございます、お義母さん。面倒な事情を抱えた男で、本当にすまない、アリアナさん。マチアス様とオディール様は、よく伯父の商会に買い物にきてくれる、お得意様だったんだ。わたしも、小さい頃から可愛がっていただいたんだけど、まさか亡き父の両親だったなんて。今でも夢を見ているみたいで、現実感がないよ」
「姫もわたしも、できることなら、おまえの祖父母だと名乗りたかった。サリーナにも、つらい思いをさせてしまって、なんとびればいいのかわからない。今さら、許してくれともいえない。本当にすまなかったな、二人とも」
 
 そういって、マチアスさんは深々と頭を下げた。お姫様も同じで、多分、普通は下げないはずの頭を下げて、マチアスさんにならったんだ。
 
 それから、マチアスさんは、慎重に言葉を選びながら、長い時間をかけて事情を説明してくれた。
 お姫様と引き離されて、クローゼ子爵家に婿入りする誓約を結んじゃったこと。いったん、ヨアニヤ王国に輿こし入れしたお姫様だけど、実質的な夫婦関係はなくて、相手の王弟が亡くなってからは、ひっそりとルーラ王国内の別邸に引きこもっていたこと。マチアスさんとお姫様は、正式な夫婦にはなれなくてもいいって覚悟して、こっそりと結ばれたこと。クローゼ子爵家の三男だったクルトさんだけが、マチアスさんとお姫様の息子さんだったこと。祖父母であることを隠し、お姫様と護衛騎士として、定期的にフェルトさんに会いに行っていたこと。ネイラ様の力で、不当な誓約から解放されて、クローゼ子爵家や大公の捕縛に協力できたこと……。
 わたしは、スイシャク様とヴェル様のおかげで、全部知っていたけど、お父さんたちは、驚きながらも、じっと聞き入っていたんだ。
 
「そういうわけで、わたしと姫は、ようやくすべてのしがらみから解放されました。クローゼ子爵家のエリナとは、実質的な夫婦関係はありませんでしたし、二人の息子は大公の子息ですので、捕縛の翌日、婚姻の無効を申し立てました。本日、訴えを認めるという内諾をいただきましたので、こちらに伺ったのです」
 
 最後にそう締めくくって、マチアスさんは、お姫様に微笑みかけた。お姫様も、目に涙をためて、マチアス様に笑い返した。お互いに大好きな二人が、やっと本当に手を取り合えるんだと思ったら、わたしまで泣きそうになっちゃったよ。
 わたしの大好きなお父さんも、何度も何度もうなずきながら、マチアスさんに尋ねた。
 
「そのような大切な日に、わが家をお訪ねいただき、光栄でございます、マチアス閣下。フェルト……もう息子だと思っていますので、あえてそう呼ばせていただきますが、フェルトとわたしたちに、事情をお教えくださるために、ご足労いただいたのですね?」
「それもあります、カペラ殿。けれども、もう一つ、この先のフェルトの選択肢について、皆さんの前でご説明しておきたかったのです」
「わたしの選択肢ですか、マチアス閣下? クローゼ子爵家の後継という話でしたら、もうお断りいたしました」
「それは知っているよ、フェルト。そして、毅然としてあの者たちの甘言かんげんを退けたことは、誇りに思っている。わたしも、姫も、クローゼの名をフェルトに名乗らせるつもりなど、微塵みじんもないさ。わたしたちが提示したいのは、別の可能性についてだ。あるいは、わたしたちの希望といってもいいだろう」
「わかりました。マチアス卿のおっしゃることであれば、つつしんで拝聴いたします。お教えください、マチアス閣下」
 
 クローゼ子爵家からの使者ABとか、カリナさんたちが来たときは、速攻で拒絶していたフェルトさんも、マチアスさんの話は聞くんだね。ずっときらきらした目をしていることといい、今の態度といい、フェルトさんってば、すごくマチアスさんを尊敬している気がする。ヴェル様が、〈マチアス卿は、騎士の中の騎士にして、すべての騎士の憧れ〉っていってたから、フェルトさんもそうなのかな?
 十四歳の少女としては、とっても勘の良いわたしは、もうすでに〈面倒事〉の気配を感じ取っているんだけどね!
 
「ありがとう、フェルト。話の前提として、今、わたしたちが説明できる範囲の事情を明らかにしよう。ここにいる皆さんが、予想されているように、クローゼ子爵家の者と大公は、正式な裁判にかけられます。その結果は未定ながら、多くが現行犯か、明確な証拠のあることなので、重い罪は免れないでしょう。そのため、厳正な裁判は裁判として、王城での争点は、われらの処遇に移っています。この〈われら〉とは、姫とわたし、サリーナ、フェルトの四名です」
「クローゼ子爵家について、ネイラ様にお教えいただいたとき、わたしたちも、最初にその問題を懸念しました。外患誘致がいかんゆうち罪に問われるのではないか、ということですね?」
 
 むずかしい顔をして、お父さんがいった。そうなんだ。クローゼ子爵家が、子どもたちの誘拐に関わっていたら、外患誘致罪っていう罪に問われることになる。外患誘致罪の犯人は、理由を問わず処刑されるし、犯人の血縁の人すべてに、何らかの罰が科せられる。王国でも、これ以上はないほどの、とっても重い罪なんだ。
 
 フェルトさんは、クローゼ子爵家の血を引いているから、この外患誘致罪に問われないように、わたしたちもいろいろと考えて……あれ? あれあれ? 待って、待って。
 フェルトさんって、亡くなったクルトさんと、サリーナさんの息子だよね? そして、クルトさんは、マチアスさんとお姫様の息子だよね? クローゼ子爵家の〈血〉って、どこにあるの?
 
     ◆
 
 わたしが、混乱しながらマチアスさんに目を向けると、穏やかな笑顔が返ってきた。目尻の深いしわにまで、優しさがにじみ出たような、マチアスさんの笑顔だよ。
 
「下のお嬢さんは、とても聡明でいらっしゃる。そう、フェルトには、クローゼ子爵家の血は流れていません」
「はい! はい!」
「何ですか、お嬢さん? 何でも聞いてください」
「あの、フェルトさんが、クローゼ子爵家の血を引いていないのなら、元のクローゼ子爵たちは、どうしてフェルトさんを家に戻そうとしたんですか? あの人たちは、フェルトさんの血筋のことを、知らなかったんですか?」
「お嬢さんは、本当に聡明だ。そう。あの者たちは、クルトの母が誰であったかを知りません。姫の存在は極秘にしていましたし、エリナが母親でないことも、あえて明言してはいませんでした。当然、疑ってはいたでしょうがね。当のエリナには、クルトの出自について、一切の発言を禁じていました」
「マチアス様のいう通りにしたんですか、エリナさんが?」
「少々おどして、誓約で縛りました。クルトが自分の子であるかのように振る舞い、秘密を完全に守り、いかなる形でもクルトを虐待しないように、と。エリナには、情も義理もありませんでしたので、良心など痛みませんからね。エリナは、その誓約の腹いせもあって、わたしの目を盗んで、サリーナをいじめたのでしょう。サリーナには、その意味でも申し訳ないことをしました」
「ということは、クローゼ子爵家の血を引いているかどうかわからないけど、戸籍上はそうなっているんだから、とにかくフェルトさんを連れ戻そうとしたと?」
「その通りですよ、賢いお嬢さん。それくらい、追い詰められていたのでしょう。カリナとフェルトを婚姻させれば、結果的にクローゼ子爵家の血は残せますしね」
 
 何というか、理屈はわかるんだけど、迷惑な話だよね。フェルトさんの意志を無視して、周りが勝手に動いていたんだから。
 今みたいに、もやもやとした気持ちになったときは、ふっくふくのスイシャク様を抱っこして、癒されたいよ。スイシャク様ってば、早く戻ってきてくれないかな。そばに来てくれるように、部屋で一人になったら、また祈祷きとうしてみようかな。
 わたしが、スイシャク様の羽毛を懐かしく思い出している間に、マチアスさんは説明を再開していた。
 
「もともと、クルトとサリーナは正式な婚姻関係になく、二人が外患誘致罪の適用対象になるかどうかは、微妙なところでした。さらに、今回、わたしの婚姻が無効になることで、完全にクローゼ子爵家の〈連座れんざ〉となる恐れはなくなりました」
 
 うん。連座っていうのは、わたしも知っている。罪を犯した犯人だけじゃなく、その血縁や関係者まで、一緒に処罰されることなんだ。実際に血がつながっていないだけじゃなく、マチアスさんとエリナさんの結婚自体がなかったことになるなら、フェルトさんは、晴れて無関係になるんだよね!
 わたしの心の声が聞こえたみたいに、マチアスさんは、にっこりと笑ったんだけど、もうひとつ、とっても不穏なことをいった。
 
「クローゼ子爵家については、フェルトは完全に無関係ですから、何の心配もありません。ただ、今度は逆に、大公家の血筋が問題になるのです」
「フェルトの父君であるクルト様は、大公家の姫君の御子息様だからですね、マチアス卿?
クルト様は、捕縛された大公の甥、フェルトは〈大甥おおおい〉ですか」
「そうです、カペラ殿。正式な名称を用いるなら、フェルトは大公の〈姪孫てっそん〉ということになります」
 
 すうって、血の気が引くのが、自分でもわかった。クローゼ子爵家は、〈神去かんさり〉の誘拐犯で、外患誘致罪の大罪人で、その血縁に連なるフェルトさんの立場は、微妙なものだと思っていた。
 そのクローゼ子爵家とフェルトさんが、無関係になったことは、本当に良かった。良かったけど、今度は、〈神敵しんてき〉の大公家だなんて。やっぱり、すごい〈面倒事〉だったよ!
 じっと話を聞いていたフェルトさんも、青い顔をして、マチアスさんに尋ねた。
 
「クローゼ子爵家側の連座は逃れられても、今度は大公家に連座させられる可能性がある、ということですか、マチアス卿?」
「法律的にはそうだ。しかし、大丈夫だよ、フェルト。そうさせないために、宰相閣下やコンラッド猊下げいかが、王城で交渉してくださったのだ。まず、数日後、わたしの婚姻無効が公式に発表され、わたしはマチアス・ド・ブランに戻る。その際、クルトの籍もクローゼ子爵家から抜き、わが息子、クルト・ド・ブランとなる。亡きクルトも、きっと喜んでくれると思う」
「はい。左様でございます、閣下。クルト様は、ずっとそれを願っておられました」
「苦労をかけてしまって、本当にごめんなさいね、サリーナ。クルトにも、母として、どれほど謝っても足りません」
「もったいないことでございます、オディール様。クルト様も、お母君のお気持ちは、よくご存知でいらっしゃいました。会う機会が少なくとも、心からお母君を慕っておられましたし、閣下とオディール様のお子であることを、誇りとなさっておられました」
「本当にありがとう、サリーナ。苦しい思いをさせてしまったおまえが、そういってくれると、わたしも姫も救われる気がするよ。今、この場にクルトがいれば、どれほど幸せだったことか……」
 
 マチアスさんとお姫様、サリーナさんの三人は、そろって目を閉じた。亡くなったフェルトさんのお父さん、クルトさんに黙祷を捧げているんだって、すぐにわかったからね。フェルトさんもわたしたちも、そろって祈りを捧げたんだ。
 上等そうな服の袖で、乱暴に目元をぬぐったマチアスさんは、お姫様の手を握ったまま、話を戻した。
 
「わたしの婚姻無効によって、クルトの父方は、問題がなくなりました。母であるオディール姫は、法律的には連座対象になりますが、王家はそれを望んでいません。王命でヨアニヤ王国へ嫁がせた姫には、王家として〈借り〉がありますし、王族である大公が外患誘致罪の犯人となると、あまりにも影響が大き過ぎるからです。宰相閣下やコンラッド猊下のお口添えもあり、王家は、公式には大公を外患誘致罪には問わず、神霊庁の裁判を経て、別の罪状で処罰する方針を固めました。もちろん、大公本人に対する刑罰の重さは、外患誘致罪に相当するものとなります」
 
 ……。あのね、マチアスさん。それって、どう考えても、十四歳の平民の少女が聞いていい話じゃないよね? わたしたちの家族のいないところで、説明してくれたらいいんじゃないかな? せめて、わたしだけは、席を外させるようにするのが、大人の分別っていうものじゃないんだろうか?
 わたしは、こう見えて口の固い少女だから、絶対に誰にも話さないけどね!
 
「わたしの婚姻無効を発表すると同時に、大公の捕縛が明らかにされ、その責任によって、大公家の当主が代わります。大公の妻子は、離縁して大公家より席を抜かれます。彼らには、外患誘致罪の説明が行われましたので、この決定に異議を唱える権利はありません。大公家は、アレクサンスを義絶し、大公家の正当な後継である、オディール・ティグネルト・ルーラ様が大公位を継がれます」
 
 おお! すごい! 悲劇のお姫様が、大公様になるのか! ルーラ王国では、女の人でも爵位を継げるとはいえ、優先されるのは男の人だからね。女の人の大公閣下なんて、千年の歴史の中でも初めてだと思うんだ。
 外患誘致罪っていう大罪を犯した大公家を、取り潰したりしないで、お姫様に継がせるのは、王家からのお詫びの意味もあるのかな? 大好きなマチアスさんと引き裂いて、無理にヨアニヤ王国にお嫁に行かせて、つらい思いをさせたから。王家というよりは、宰相閣下の思いやりなのかもしれないけどね。
 
 フェルトさんは、小さい頃から可愛がってくれたお姫様のことが、とっても好きみたい。瞳を輝かせて、嬉しそうに手を叩いたんだ。
 
「すごい! すごいです、オディール様! オディール様なら、素晴らしい大公閣下になられます。絶対です!」
「ありがとう、フェルト。大公位はどうでもいいのだけれど、これを機会に、正式にマチアスを配偶者に迎え、クルトとサリーナ、フェルトの存在を、おおやけにすることを許されたのよ。大公位の万倍も、それが嬉しくてたまらないわ。宰相閣下やネイラ様のお力がなければ、一生、表立っては添えない身だと諦めていたのだもの」
「尊い御身おんみに、不義の汚名を着せてしまったことは、残りの一生をかけて償いをいたします、姫」
「いいのよ、マチアス。関係を強いたのは、わたくしの方だもの。その結果、クルトという息子に恵まれて、フェルトという孫にも出会えたのだから、幸せよ。後は、フェルトが家を継いでくれれば、わたくしの願いは、すべて叶ったことになるのだけれど」
「「「はぁ!?」」」
 
 わたしたちの声が、それは綺麗に重なった。お姫様、今、何ていったの? フェルトさんが、アリアナお姉ちゃんのお婿さんになるはずの人が、大公家の後継?
 
 わたしの予感した〈面倒事〉は、想像よりもはるかに大きな壁になって、わたしたちの前に立ちふさがったみたいだよ……。
 

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