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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 72通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 この前のお手紙で、神前裁判のことを教えてもらって、ありがとうございました。すごく興味深くて、勉強になったんですが、あれって、キュレルの街の十四歳の少女に過ぎないわたしが、知っていても良いことなんでしょうか? あまりにも重要な内容だったんで、ちょっと心配になっちゃいました。大丈夫だったら、良いんですけど。

 かなり前から、薄々感じていたのは、ネイラ様って、本当にもったいぶらない人だなっていうことです。普通だったら、出し惜しみをしたり、秘密にしたり、口をにごしたりしそうな話でも、ネイラ様は、すぐに教えてくれますよね? 教えてもらえないときは、理由をはっきりさせた上で、〈今は話せません〉とか〈きみの魂の器では受け止められません〉とかって、説明してくれるし……。
 〈神威しんいげき〉であるネイラ様は、ルーラ王国でもっとも上の立場にいて、誰にも遠慮をしなくて良いから、率直そっちょくなのかなって思います。もしくは、神霊さんたちに近しいネイラ様には、〈人の子〉の秘密主義なんて、ばかばかしいのかもしれませんね。どちらにしろ、わたしは、もったいぶらないネイラ様が、素敵だなって思います。えっと……あの……変な意味じゃなくて……単なる感想です。本当です。

 話を変えますが、〈野ばら亭〉の王都進出は、わざわざキュレルの街のお店まで通ってくれていた、常連のお客さんを中心に、かなりの騒ぎを巻き起こしているみたいです。お父さんとお母さんが、何回も来てくれているお客さんたちに、こっそり王都進出のご挨拶をしたところ、問い合わせと申し込みが殺到しちゃったんです。
 問い合わせは、いつ、どこで、〈野ばら亭〉を開店させるのかっていう質問で、お母さんが対応に追われるくらい、聞かれているそうです。〈野ばら亭〉の王都支店は、まだ場所も確定していないので、まだまだなのに。

 もう一つ、お父さんとお母さんが困っているのが、たくさんの申し込みです。個室を年間予約したいとか、どんな席でも良いから確保してほしいとか、〈野ばら亭〉王都支店が続く限り通いたいとか。ものすごく熱心な申し込みが、何十件もきているんです。
 中には、めちゃくちゃな金額を出そうとする人や、お店ごとプレゼントしたいっていう人までいて、お父さんがため息をいていました。〈豪腕ごうわん〉で名高い経営者であるお母さんは、王都支店も成功間違いなしだから、可能な限り大きなお店を出すんだって、張り切っていましたけどね。

 お母さんによると、〈野ばら亭〉の最大の魅力は、毎日食べても飽きないところだそうです。ものすごくおいしい料理って、普通は飽きてしまいやすいのに、〈野ばら亭〉の料理は、毎日食べても新鮮で、普通なのに普通でない工夫がいっぱいで、一口ごとに感動するくらいおいしいんですよ。
 わたしのお父さんは、最高の料理人だし、〈野ばら亭〉で働く人たちは、皆んながお店を愛してくれています。〈野ばら亭〉に飽きちゃう人なんて、絶対にいないって、断言できます、わたし。最高においしい普通、普通なのにまったく普通じゃない料理が、〈野ばら亭〉なんですよ。えへへ。

 ネイラ様や、ネイラ様のお父さん、お母さんが食べに来てくれたら、〈野ばら亭〉で最高のおもてなしをさせてもらいます。お父さんの料理とお母さんの笑顔、そして、キュレルの街で有名な、美人の看板娘の接客です。
 ネイラ様のお父さんとお母さんには、アリアナお姉ちゃんが対応させていただきます。そして、その、ネイラ様には、わたしが、お料理を運びますね。約束です。

 では、また、次の手紙で会いましょうね。

     王都支店の開店までには、編みぐるみを形にしたいと思っている、チェルニ・カペラより

追伸/
 今日のデザートに、干し柿とクリームチーズが出ました。ほっぺたが落ちるくらい甘くて、とろっとろで、クリームチーズと合わせると絶品でした。ネイラ様のお屋敷にも、そろそろ届くと思います。お楽しみに! 干し柿は、わりとしっかりと冷やして、クリームチーズはほどほどの冷たさが、おいしいと思います。

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〈野ばら亭〉の美人の看板娘の妹の方である、チェルニ・カペラ様

 〈野ばら亭〉王都支店の話は、すでにかなりの噂になっているようです。王都の貴族たちや、大きな商会を経営している者たちは、食に貪欲どんよくですからね。〈ここだけの話だから〉といいながら、よく〈野ばら亭〉を話題にしているとか。早ければ今年中にも、詳細がわかるのではないかと、心待ちにされているのです。

 わたしに、〈野ばら亭〉の噂を教えてくれたのは、バラン男爵でした。きみたちカペラ家を守るため、内密に警護をしてくれていた〈黒夜こくや〉のちょう、きみにルー様と呼んでもらっている、あのバラン男爵です。それが〈黒夜〉の仕事なのか、少々疑問ではあるものの、きみに関係することなら、どんな些細ささいな情報でも拾い上げ、場合によっては、わたしにも教えてくれるのです。
 バラン男爵によると、食通と名高い者たちは、一度は〈野ばら亭〉に行ったことがあり、そのほとんどが料理に魅了されて、熱烈な信奉者となってしまうのだそうです。わたしの伯父である宰相閣下や、コンラッド猊下げいかも、わたしときみが出会う前から、〈野ばら亭〉の名前だけは知っていたとか。それほどに高名でありながら、がんとして拡大しようとしなかった〈野ばら亭〉が、突然、王都に進出するというのですから、話題になるのも当然というものでしょう。

 個室の年間予約はまだしも、店ごと贈るなどといわれては、確かに困惑してしまいますね。きみの〈豪腕〉の母上なら、難なく対応されるとは思いますが、万が一、困ったことになったら、すぐに教えてください。高位貴族の中に、無理をいう者がいないとも限りませんので。
 少しの遠慮もなく、気軽に、困りごとを打ち明けてくれる。それが、友達であるきみとわたしとの、約束ですよ。

 そうそう。きみの父上が送ってくれた干し柿は、今日、無事に屋敷に届きました。朱色の宝玉のように輝いていて、見るだけで美しい干し柿など、初めてです。父も母も大喜びで、しばらく前に、三人でいただきました。
 口に入れた瞬間、ねっとりと濃厚な干し柿の甘みと、ほのかな酸味のあるクリームチーズとの組み合わせが、舌をしびれさせる美味となって、わたしたちをとりこにしました。本当に、とてもとてもおいしかった。両親からも、熱烈な賛辞があったことを、きみの父上にお伝えください。ありがとう。

     〈野ばら亭〉で、看板娘なきみに会いたいと思っている、レフ・ティルグ・ネイラ

追伸/
 干し柿は、確かに冷たく冷やした方がおいしいでしょうね。冷え込み始めた秋の夜長、暖炉だんろに火を入れた暖かい部屋で、敬愛する父母と共に、冷たく冷やした干し柿を口にするのは、何とも豊かな時間でした。

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