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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 42通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 あの、差し支えなかったら教えてほしいんですけど、前回の手紙で、ネイラ様のお父さんのことが書いてありましたよね? わたしの編んだマフラーを見て、〈瑞兆ずいちょうだな!〉って叫んで、馬でどこかに行っちゃったお父さんです。ネイラ様のお父さんって、どこに行かれたんでしょうか?
 聞きたいような、聞かない方がいいような、でも、やっぱり知らない方が不安なので、お尋ねします。よかったら、教えてください。

 ネイラ様のお母さんは、お父さんに比べると、普通に優しい反応で、とってもほっとしました。ええ。確かに、ほっとはしましたけど、何をさらっと、〈先代王の姪〉とか書いてるんですか、ネイラ様!
 わたしみたいな、田舎街の平民の少女にとっては、王様の姪とか、ほとんど物語の登場人物ですよ。先代の王様の姪っていうことは、もしかして、今の陛下の従姉妹とかですよね? そんな情報、ちっとも要らなかった……。

 と、ここまで書いたところで、何とか精神的な打撃から復活しました。そもそも、わたしが文通してもらってるネイラ様は、ルーラ王国の王国騎士団長で、侯爵家の後継で、何より〈神威しんいげき〉なんだから、今さらでしたよね。ははは。
 こうなったら、あんまり気にしないことにします。失礼なことがあったら、ネイラ様が叱ってくれるんだって思って、普通にしています。信じているんですから、わたしが何かやらかしちゃったら、本当に叱ってくださいね。約束ですよ、ネイラ様?

 身分のことでいえば、優しくて素敵なヴェル様は、やっぱりすごい方でした。今日、名乗りを上げてくれましたと思ったら、神霊庁の神使だっていうんですよ、ヴェル様ってば。
 子爵様っていうだけでも、わたしには雲の上の人なのに、神霊庁の神使様なんて、国王陛下とほぼ同等の立場ですよね。すごいですね。(何というか、いろいろと衝撃が大きすぎて、馬鹿みたいな文章になっちゃいました。感想が《すごいですね》なんて、町立学校の低学年でも書かないですよね)

 ヴェル様の話だと、ネイラ様が生まれてすぐ、ヴェル様のお師匠様が〈傅役もりやく〉として、ネイラ侯爵家に派遣されたそうですね。そして、ネイラ様が王立学院を卒業する頃に、ヴェル様が執事さんになったんだって、教えてもらいました。
 ヴェル様は、〈神威の覡〉にお仕えしているお師匠様の後任として、自分が選ばれたとき、飛び上がるほど嬉しかったんですって。飛び上がって喜ぶヴェル様って、あんまり想像できませんよね?

 ちなみに、ヴェル様が喜んだ理由も、こっそり教えてもらいました。すごくヴェル様らしいなって思う反面、神使様としては微妙な感じもしました。ヴェル様が、ネイラ様に教えてもいいよっていってくれたら、また手紙に書くことにします。

 では、次の手紙で会いましょう。朝晩は冷んやりするので、風邪に気をつけてくださいね。

     ネイラ様って、ちょっと浮世離れしているなって思い始めた、チェルニ・カペラより

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切り替えの早いところも美点である、チェルニ・カペラ様

 わたしの父のことで、きみを混乱させてしまいましたか? 今回の父の気持ちは、わたしにもよくわからないのですが、大変に喜んでいたことだけは確かなので、あまり心配しないでくださいね。
 要は、きみにマフラーを編んでもらって、わたしが喜んでいたものですから、父も微笑ましく思ってくれたのでしょう。親の情愛というものは、ありがたいものなのだと、わたしにもわかりかけてきた気がします。

 あの日、〈瑞兆だな、レフ!〉と叫んだまま、馬で飛び出していった父は、夜遅くまで帰りませんでした。わたしは、父の精神状態がやや心配でしたので、じっと戻るのを待っていました。
 深夜近く、ようやく屋敷に戻った父に尋ねたところ、行き先は伯父の屋敷だったそうです。父と伯父は、大変仲の良い兄弟で、頻繁ひんぱんに行き来していますし、何でも相談し合っていますので、そうではないかと思っていました。

 なぜ、何のために、父が飛び出していったのかは、あえて尋ねませんでした。父は、むしろ聞いてほしそうな様子に見えましたが、わたしの中の勘というものが、〈面倒だからやめておけ〉とささやいていたのです。

 わたしは、勘に従って行動するということが、ほとんどありません。そもそも、勘が働くということ自体が、ほとんどありません。人々が〈勘〉と呼び習わしているものは、森羅万象しんらばんしょうを織りなす〈因果の糸〉のきらめきであり、わたしの目には、また別のものとして映るからです。
 このあたりのことは、いつか語り合うとして、ともかく、わたしにとっては、初めてともいえる勘の働きによって、父には行く先を聞くに止め、その後の面倒を回避することに成功したわけです。

 ここまで書いて、情報の不足に気づきました。王国騎士団や王城であれば、伯父というだけで伝わることも、きみには説明が必要でしたね。
 わたしの伯父は、ロドニカ公爵といい、王城で宰相を務めています。わたしの父は、ロドニカ公爵家の次男として生まれ、子供のいなかったネイラ侯爵家の養子に入りました。いうまでもなく、ネイラ侯爵家もロドニカ公爵家の親族であり、父は叔父夫婦の養子となったわけです。

 わたしの父が、ネイラ侯爵家の養子になると決まったのは、五歳にもならない頃でした。それから、実際に養子入りする十六歳まで、伯父とは〈世の常の兄弟を超えるむつまじさ〉で暮らしていたそうです。
 父は、〈いつか他家に行く弟だからこそ、いっそうの情愛を傾けてもらった〉といいますが、養子に限らず、兄弟が年頃になって別々に暮らすのは、ごく当たり前のことですからね。つまりは、相性の良い二人なのでしょう。

 わたしの親族のことなど、つい長々と書いてしまいました。今度は、きみの素晴らしいご家族について教えてくださいね。また、次の手紙で会いましょう。

     パヴェルが喜んだ理由が気にかかる、レフ・ティルグ・ネイラ