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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 2-11

 風の神霊術を使って、すごい速さで王都まで帰っていった使者AとBは、そのままクローゼ子爵家のお屋敷に戻っていった。
 
 今は秋の初めだから、気持ちの良い風が吹いているはずなのに、クローゼ子爵家のお屋敷は、そこだけがどんよりと曇っているみたいだった。ベタベタして、重苦しくて、気持ちの悪い気配は、雀たちの目を通してでもわかるくらい。
 正門の前に貼られている、神霊さんからの〈縁切り状〉も相変わらずで、わたしは何だか悲しい気持ちになった。クローゼ子爵家の人たちに、印を授けていた神霊さんたちも、本当は悲しいんだろうなって、そんな気がしたんだよ。
 
 お屋敷の門をくぐった使者AとBは、重い足取りで中に入っていった。どんよりと暗い顔をしたAは、一言も口をきかないまま、どんどん奥へ歩いていく。Bなんて、〈野ばら亭〉では、あんなに元気でおしゃべりだったのに、今は顔が青白いよ。
 クローゼ子爵家の人たちに叱られるから、怖いのかなって思っていたら、スイシャク様が、違うよって教えてくれた。
 使者たちは、〈場の穢れ〉を感じて、魂が〈きしんでいる〉んだって。ずっとクローゼ子爵家にいたら、慣れてわからなくなることでも、〈穢れなきせん〉を味わった後だから、余計につらくなったらしい。
 そういうスイシャク様も、鼻息は弱々しいし、可愛い純白の羽毛も、ちょっぴりヘタれているみたいだった。そのとき、スイシャク様から自然に流れてきたイメージは、きっと〈人の子への慈悲〉っていうものだったと思うんだ。
 
 AとBは、まっすぐに応接室みたいな部屋に入っていった。そこで待っていたのは、額にべったりと灰色の文字を浮かび上がらせた、いつものクローゼ子爵一族だった。
 〈瞋恚しんに〉のクローゼ子爵は、人を妬んで、憎んで、いつも怒っている人。〈毒念どくねん〉の前クローゼ子爵夫人は、フェルトさんのお母さんを虐めた、すごく意地悪な人。〈懶惰らんだ〉のクローゼ子爵の弟は、怠けてばっかりの人。〈乱倫らんりん〉のカリナさんは、人としての倫理に外れている人……。
 灰色の文字が、ますます嫌な感じに毒々しくなっているのは、わたしの気のせいだといいな……。
 
 使者AとBが、片方の膝をついて、クローゼ子爵に礼をした途端に、いっせいに質問責めが始まった。
 
「遅いではないか、お前たち! 風の神霊術を使ったにもかかわらず、これほどの時間がかかるなど、あり得ない。剣で試し切りにされたいのか!」
「まあまあ、兄上。此奴こやつらの処罰より先に、報告を聞こうではないか」
「めずらしく、ナリスのいう通りですよ、オルト。叱責は後で存分にするとして、まずは話をさせなさい」
「……。良かろう。さっさと報告せよ。フェルトは、今日中にやってくるのだろうな」
「それが、誠に申し訳なきことながら、即断で拒否をされましてございます」
「拒否だと? まさか、我々に足を運べとでもいうのか。役立たずの三男が、平民のメイド風情に生ませた婚外子が」
「いえ、そうではなく、ご自分はクローゼ子爵家とは無関係なので、一切の面会や交渉を拒否するということでした」
「馬鹿なことをいうな! 平民が、このクローゼ子爵家を足蹴あしげにするというのか」
「へえ。意外だな。平民の意地というやつか。クローゼ子爵家の跡目が転がり込んでくる可能性があることは、話したのか」
「取りつく島がございませんでしたので、いたし方なく匂わせました。フェルト殿にとっては大きな出世になる、クローゼ子爵家の後継となる可能性すらあるのだと、何度も申しましたが、興味がないと……」
「何という無礼な! それだから、あんな平民の女の産んだ子など、役に立たないというのです。本当に腹立たしい。何か手立てはないのですか、オルト」
「虚勢を張っているだけですよ、母上。クルトの息子が、我らの事情を知っているはずはないが、何らかの思惑はあるのかもしれない。自分を高く売るために、勿体ぶっているんじゃありませんか」
「そうなのか、ロマン?」
「いえ、そうではないと思います、閣下。わたくしの目には、本当に一切の興味がなく、今の生活に満足しているように見えました」
「お前はどう思う、ギョーム」
「ロマン様と同じ意見でございます、閣下。駆け引きではなく、話を聞く気すらないのだと思います」
「お前たちは、平民の産んだ息子にとって、このクローゼ子爵家が、価値のないものだとでもいうのですか。そんなことで、使者の役目を果たしたと? この愚か者どもを、切り捨ててしまいなさい、オルト!」
「静かになさってください、母上。それで、お前たちは、クルトの息子に断られて、すごすごと帰ってきたのか?」
「いえ。わたくしとギョームとで、フェルト殿と交際しているという娘の所在を確かめるため、〈野ばら亭〉とやらいう店に行ってまいりました」
 
 スイシャク様とアマツ様の光に巻かれながら、じっと話を聞いていたわたしは、思わずビクッとなっちゃった。ついに、クローゼ子爵家で〈野ばら亭〉の名前が出てきたよ!
 
 使者AとBは、みんなに叱られながら、自分たちの行動を説明していた。フェルトさんに断られてから、〈野ばら亭〉の様子を見に行ったこと。アリアナお姉ちゃんの顔を確かめようとして、留守にしているのを知ったこと。お姉ちゃんの行き先を調べようとして、すぐには無理だったこと……。
 使者Aが、切れ者っぽい雰囲気を取り戻していたので、しっかりと調査をしてきた上での報告みたいだった。実際には、うちの従業員のお姉さんと話しただけだし、使者Bなんて、おいしそうにご飯を食べて、お姉さんに構ってもらってただけなのにね。
 
 クローゼ子爵家の人たちは、それぞれに怒りながら、フェルトさんやフェルトさんのお母さん、それに亡くなったお父さんのことまで、盛んに悪口をいっていた。この間読んだ本に書いてあった、〈傲慢なる怒りに焼かれた者たちは、口を極めて罵り合った〉っていう表現が、ぴったりする感じだった。
 そして、わたしがうんざりして、スイシャク様のふくふく羽毛と、アマツ様のつやつや羽毛に癒されていると、〈乱倫〉のカリナさんが、自信満々に話に加わったんだ。
 
「もういいわよ、お父様も叔父様も。フェルトという男が、話に乗ってこないのは、クローゼ子爵家の価値を知らないからよ。わたしが行くわ。安心なさってね、お祖母様」
「まあ、カリナ。なんて優しいことをいってくれるんでしょう。わたくしの気持ちを考えてくれるのは、この家でカリナだけよ。オルトもナリスも、平気で母親を馬鹿にするし、騎士爵ごときの家から養子に迎え入れた夫は、何事も知らぬ存ぜぬだし……」
「ですから、母上。そういう愚痴は、お気に入りの小姓こしょうを相手に、部屋で存分になさってくださいよ。先日も、新しいペットを買ってこられたのでしょう?」
「下品なことをいうのはやめなさい、ナリス!」
「お前が行くとは、どういうことなんだ、カリナ」
「言葉の通りよ、お父様。わたしがお父様の名代として、使者の役を引き受けるわ。貴族の価値と、貴族の女の価値を、フェルトに自覚させてあげるのよ。そうすれば、大喜びで尻尾を振って、わたしたちの犬になるわよ」
「……。悪くない手だが、構わないのか、カリナ」
「もちろん。わたしの、名目上の夫となる男のことですもの。行って確かめてくるわ。見目は悪くないのでしょう、フェルトって?」
「貴女は、結局はそれですか。男遊びが過ぎると、身を滅ぼしますよ、カリナ」
「カリナのような立派な淑女に向かって、何という無礼なことをいうの、ミラン! 口を謹みなさい!」
「だから、従兄弟というだけの男に、口を出されるいわれはないというのに。黙っていらっしゃい、ミラン」
「いや、ぼくも一緒に行きますよ。カリナだけでは、道中が心配ですからね」
「必要ないわ。貴方のお目当の美少女とやらは、留守だというのだから、大人しく待っていなさい。田舎街の美少女なんて、たかが知れているでしょうけどね」
「わかった。明日、早々に出発してくれ、カリナ」
「よろしいわよ、お父様」
「ロマン、ギョーム。カリナに護衛騎士をつけた上で、お前たちが案内しろ。良いな?」
「かしこまりました、閣下」
「さあ、そうと決まったら、今夜はこの美貌に磨きをかけなくてはね。フェルトが、一目で恋に落ちるように。腕によりをかけて遊んであげるわ」
 
 そういって、カリナさんっていう女の人は、ニタァって笑った。言葉は悪いけど、本当にニタァって笑ったんだ。
 その瞬間、額に浮かび上がっていた〈乱倫〉の文字が、一気に変化した。親指と人差し指で、丸を作ったくらいの大きさだったのが、額いっぱいに広がって、灰色の線に亀裂が走ったんだ。
 スイシャク様とアマツ様は、わたしを光でぐるぐる巻きにしながら、それぞれにイメージを送ってくれた。カリナさんは、すごく危ないって。〈乱倫〉でも、すごくすごくひどい言葉で、魂の穢れを現していたのに、もっとひどい言葉に変化しそうなんだって。
 
 〈乱倫〉よりひどい言葉って、辞書を引いたら出てくるものなんだろうか? 怖いよ、カリナさん……。
 
     ◆
 
 明日には、クローゼ子爵家のカリナさんが、キュレルの街に乗り込んでくるらしい。正直、わたしは絶対に会いたくないし、フェルトさんやアリオンお兄ちゃんにも、会わせたくない。いろんな意味で、怖いんだもん、カリナさん。
 
 でも、逃げ回るわけにはいかないから、少しでも情報を探って、迎え撃つ準備をしたい。わたしは、えいっと気合を入れて、雀たちと意識をつなごうとしたんだけど、スイシャク様は、さっと回路を閉じてしまったんだ。
 クローゼ子爵家の明日の行動がわかれば、それで十分。あんまり〈穢れた魂〉に意識を向けると、わたし自身が疲れちゃうから、今日はやめなさいって。町立学校の先生たちより、もっと先生っぽいんだ、スイシャク様は。
 
 お父さんとお母さん、それからずっと一緒にいてくれるヴェル様に、スイシャク様のイメージを伝えると、三人とも大きくうなずいた。
 
「御神霊の仰せの通り、今日はもうやめておきましょう、チェルニちゃん。今までの情報だけでも、あり得ないほど素晴らしいのですから」
「そうだぞ、チェルニ。ありがとうな」
「わたしは、まだ大丈夫なんだけど、スイシャク様のいいつけに従います。ご飯を食べて、ゆっくり休むよ、お父さん」
「そうよ、ご飯よ。今日は、みんなでご飯を食べましょう。オルソン子爵様が、我が家にお出でくださった日だもの。お父さんにご馳走を作ってもらって、歓迎会をしましょう!」
「歓迎会は大賛成だけど、ちょっと唐突じゃない、お母さん? こんなときだしさぁ」
「わたしの可愛い子雀ちゃんは、何をいっているのかしら? こんなときだからこそ、おいしいものをたくさん食べて、リラックスして、明日の敵に備えるのよ」
「ローズのいう通りだ。今日は英気を養おう。よろしいですか、オルソン子爵閣下?」
「もちろんですとも、カペラ殿。神饌しんせんの担い手にご馳走していただけるとは、身に余る光栄ですな。よろしくお願いします」
 
 そうして、わたしたちは、みんなで晩ご飯を食べることになった。守備隊から帰ってきた、アリオンお兄ちゃんとフェルトさん。ヴェル様にご挨拶に来てくれた、総隊長さんも一緒にね。
 スイシャク様とアマツ様は、〈厄落としに神饌とは剛気ごうき〉って、上機嫌なイメージを送ってくれたから、お母さんの提案は、きっと正解だったんだろう。
 
 ヴェル様は、今日来てくれたばっかりだから、ご飯を食べてもらうのは初めてだ。フェルトさんは、昨日から〈野ばら亭〉のお客さんになっていて、昨夜はお店のご飯だった。総隊長さんは、フェルトさんがアリアナお姉ちゃんに求婚した日、みんなでごちそうを食べてお祝いしたから、二回目になる。
 おまけに、今回のご飯には、スイシャク様とアマツ様も参加するんだって。スイシャク様なんて、お父さんの焼き立てパンは、対価のひとつだからって、ふっすふっす、可愛い鼻息を立てたんだよ。
 
 わたしが、スイシャク様とアマツ様の参加を伝えると、全員がビシッと固まった。神霊さんのご分体と、一緒に食卓を囲むなんて、この上もなく畏れ多いことらしい。
 ネイラ様の執事で、子爵様でもあるヴェル様が、茫然とした口調で、〈神人共食じんしんきょうしょく〉ってつぶやいていたから、きっと大変なことなんだろう。
 わたしはもう、スイシャク様を抱っこしているのが、当たり前になってきちゃったし、アマツ様もずっと肩の上だから、ご飯くらいはどうってことないと思うんだけどな。
 
 しばらく硬直してから、我に返ったお父さんは、ものすごくキリッとした顔になって、応接室を出ていった。
 様子を見てきたお母さんによると、〈野ばら亭〉をお店の人にまかせてから、まずお風呂場にこもったんだって。神霊さんに接するときは、身を清めるのが礼儀だから、沐浴もくよくだね、きっと。
 
 それから、あっという間に準備を終えたお父さんは、順番に料理を運び始めた。いつもなら、作るだけ作っておいて、全員でテーブルにつくんだけど、今日はスイシャク様とアマツ様に捧げる形だから、お父さんは作る方に専念して、一緒には食べないんだって。
 スイシャク様とアマツ様に向かって、食前の祝詞のりとを上げてから、わたしたちはそれぞれに席についた。
 
 最初に運ばれてきたのは、ものすごく大きなお皿に乗った、生の野菜だった。サラダっていうよりは、生の野菜。カブ、にんじん、きゅうり、キャベツ、セロリ、パプリカ、プチトマト、エシャロット……。
 ただ盛りつけただけだと、神事のときのお供えみたいになるところだけど、そこはお父さんの料理だからね。バラの花みたいに飾り切りされたプチトマトとか、リボンみたいにひらひらのきゅうりとか、紅白のウメにそっくりのにんじんとカブとか、お皿の上はびっくりするくらい綺麗だった。
 
 わたし以外の全員が、緊張しながら待っていると、スイシャク様がにんじん、アマツ様がカブを召し上がった。何種類も添えられたソースとかドレッシングとかはなしで、野菜そのままで。
 不思議といえば不思議なんだけど、にんじんとかカブがひとつずつ、すっと空中に浮き上がったと思ったら、スイシャク様とアマツ様の可愛いくちばしの中に消えていったんだ。
 神霊さんは、本当には物を食べたりはしない。対価やお供えにしても、その霊気を受け取るだけだって、学校では習ったんだけどな。スイシャク様もアマツ様も、シャクシャクと良い音をさせて、生野菜を食べちゃってるよ? 鳥って、歯はないんじゃなかったっけ?
 ヴェル様が、驚愕! っていう感じの顔になって、紅白のご神鳥を凝視しているんだけど、いいんだろうか、これ?
 
 その後も、お父さんは、次々に料理を運んで来た。魚介類で出汁をとった金色のスープ、雪みたいに真っ白な塩で包み込んだ蒸し鯛、何回も何回も油を回しかけた揚げ鶏、たくさんの色野菜を固めた宝石みたいなゼリー寄せ、甘酸っぱいオレンジソースの鴨のソテー、巨大なケーキみたいに膨らんだスフレオムレツ……。
 神霊さんへの供物には、鳥肉以外のお肉はだめだから、今日の晩ご飯でも遠慮したんだろう。牛肉とかは出てこなかったけど、とっても豪華で美味しそうな料理だった。ちょっとだけ、スイシャク様とアマツ様がいるのに、鳥肉ってどうなのって思ったのは、みんなには内緒だ。
 
 ルーラ王国では、普段はナイフやフォークでご飯を食べるんだけど、神事のときのために、子供のうちからお箸の使い方も教えられる。人によっては、毎日お箸で食べることもあるみたい。
 今日のうちの晩ご飯は、これ以上ないくらいの神事だから、新しいお箸がたくさん、白い紙に包まれてテーブルに並んでいるんだ。
 
 スイシャク様とアマツ様は、最初の一口を食べた後は、わたしにお給仕をさせることに決めたみたいだった。パカっと可愛いくちばしを開けて、どんどん食べさせろって、交互にイメージを送ってくるんだよ。
 わたしは、全ての料理をひと通り、少しずつお箸で取って、スイシャク様とアマツ様の口に入れていった。本当は、神霊さんへの供物をいただく場合、一品ごとに新しいお箸に換えるべきで、ちゃんと用意もされているんだけど、眷属だからわたしのお箸で構わないって。  
 まあ、捧げられている側の神霊さんがいうんだから、問題はないんだろう。
 
 最後に、ほわっと湯気の上がっている焼き立てパンを捧げ持って、お父さんが食堂に戻ってきた。ナイフとフォークで切るべきか、わたしがこっそり悩んでいると、手でちぎってくれたらいいよって、スイシャク様がいってくれた。穢れがあるかどうかは、結局は魂の問題で、それは神事の作法より大切なことだからって。
 みんなは、スイシャク様たちのメッセージがわからないから、わたしが手づかみでパンをちぎっているのを、ギョッとした目で見ていた。ヴェル様なんて、〈寛仁大度かんじんたいど融通無碍ゆうずうむげ〉とか、ぶつぶつとむずかしい言葉をつぶやいてたしね。
 
 バターと小麦粉の良い匂いのするパンを、もぐもぐと口にしたスイシャク様は、ふっくふっくに羽毛を膨らませて、ふふふっす、ふふふっすって、勢い良く鼻息を吐いた。〈流石、□□□□□の申し子。見事なる神饌みけ〉って、強いイメージが送られてきたのは、おいしいってことだよね?
 アマツ様には、スイシャク様より小さくちぎって食べてもらったんだけど、やっぱりすごく気に入ってくれたみたい。〈出来でかした、□□□□□〉っていって、ぶわって朱色の鱗粉を振りまいたんだ。
 アマツ様の鱗粉は、火の粉そのもので、アマツ様ってば、ずっとわたしの肩に留まったまんま。それでも、まったく熱くないんだから、つくづく不思議だよね、神霊さんの御業みわざって。
 
 スイシャク様とアマツ様に捧げた後は、わたしたちがお相伴にあずかる番だ。無礼講だから、冷めないうちに食べなさいって、強いイメージを送ってくれたから、わたしたちもお箸を取った。
 みんなは、やっぱりすごく緊張していて、食べにくいみたいだったから、わたしが率先して食べ始めた。同じお箸でいいらしいので、開き直って甘えさせてもらおう。
 
 瑞々しい生野菜には、アンチョビの入ったソースがぴったりで、食べるだけで身体の中からきれいになっていくみたい。スフレオムレツは、すぐにペタンとしてしまうから、ふわふわのうちにスプーンで口に入れて、とろける食感を楽しむんだ。塩で包み焼きにした蒸し鯛は、ふわっと柔らかくて、ほのかな塩味が鯛の身の甘さを引き立てている。カリカリの揚げ鷄を噛み締めると、おいしい肉汁が一気にほとばしるのは、時間をかけて油を回しかけたからこそ。金色のスープは、丁寧に丁寧に下ごしらえして作っているから、一点の雑味もなくって、本当に黄金みたいな味だった。
 わたしがとっても食いしん坊で、料理にこだわるようになっちゃったのは、仕方ないよね、これは。
 
 膝の上のスイシャク様、肩の上のアマツ様、わたし。アマツ様、スイシャク様、わたし。スイシャク様、アマツ様、わたしって、次々に口に料理を入れていく。
 スイシャク様とアマツ様の食べっぷりに、最初のうちは、みんな驚いて呆然としていたけど、途中からは開き直って、自分たちもどんどん食べていった。本当においしいものを食べるときには、儀礼は必要ないんだよ、きっと。
 
 おかわりのパンと一緒に、お父さんが持ってきてくれたのは、今年最後のりんごパンだった。甘酸っぱくて、爽やかで、わたしは大好き。秋のりんごは甘すぎるから、夏の終わり頃の黄色いりんごのときだけ作ってくれる、期間限定のパンなんだ。
 スイシャク様は、今までで一番膨らんで、すごくおいしそうに食べてくれた。アマツ様は、〈小さすぎると食べにくい〉っていって、ふた回りくらい大きな鳥になったんだけど、そこはつっこんじゃいけないんだろう、多分。
 アリオンお兄ちゃんは、なぜか胸ポケットに入ったままの子雀に、りんごパンの小ちゃなかけらをあげてるし。
 ヴェル様は、「噂のりんごパンまでいただけるとは、後がこおおございますな」って、含み笑いをしてたけど、何だったんだろうね。
 
 少しずつ緊張もほぐれて、みんなでお腹いっぱい、お父さんのご飯を食べた。お話もいっぱいして、楽しくって、全員が笑顔になった。
 だから、わたしたちは大丈夫。作戦二日目の明日、〈乱倫〉のカリナさんが登場しても、華麗に立ち向かってみせるよ!