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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-12

〈ロザリーの存在を、どうか覚えていてやっておくれ、サクラっ娘。人の世には、何千人、何万人のロザリーがおるのでな〉
 
 そんな校長先生の言葉に、背中を押されるようにして、わたしは、のろのろと校長室を後にした。簡単にいえば、校長先生の好意に甘えて、ロザリーから逃げてきちゃったんだ。一度だけ、ロザリーと真剣に話をするんだって、自分で決めていたはずなのに、結局は必要以上に興奮させただけで、中途半端に放り投げたことになるんだろう。
 ロザリーが抱えていた怒りと憎しみは、わたしが予想していたよりも、ずっと激しくて深いものだった。何よりも、そうした負の感情を思いっ切り刺激するのが、わたしの存在だったみたいだ。だから、わたしがロザリーの側から離れるのは、正しい選択だったはずなのに、気持ちはどんよりと暗い。わたしが、何かを決定的に失敗しちゃったのは、間違いのないところだからね。
 
 優しいスイシャク様とアマツ様は、黙って側にいてくれた。わたしは、これ以上、ロザリーに関わる気持ちにはなれない。でも、目に見えないようにして寄り添ってくれる、柔らかな羽毛の感触に慰められながら、わたしは、一つだけ自分自身に約束をした。
 おじいちゃんぽい校長先生の言葉を、わたしは、ずっと心に留めておこう。校長先生が、どういう意味でああいったのか、今のわたしには、完全にはわからないから、せめて忘れないでいよう。ロザリーが、これから長い時間をかけて、自分と向き合っていくのと同じように、わたしも、校長先生の言葉について考えていこうって……。
 
 そう。ロザリーの蛇の問題は、実は何一つ解決していない。鮮血の縄で、きりきりと縛り上げられていた蛇について、スイシャク様とアマツ様が、こっそりと教えてくれた。〈鬼哭の鏡〉が、蛇を引きがしたのは、あくまでも一時的なものに過ぎなくて、ロザリーの蛇は、やっぱりロザリーの蛇のままなんだって。
 何百年もの間、御神鏡ごしんきょうの世界に封じられていた〈鬼哭の鏡〉は、強い力を持っているらしい。ロザリーの蛇を滅することも、鏡に取り込むことも、簡単にできるくらいに。スイシャク様やアマツ様に至っては、隠していた存在の欠片かけらあらわすだけでも、あたり一面の蛇という蛇を消滅させられるだけの、尊い神威しんいに満ち満ちている。それなのに、蛇が消えていないのは、ロザリーの〈成すべきこと〉があるからだった。
 
 〈鬼哭の鏡〉は、わたしが、校長室を出ようとしたとき、まぼろしみたいに消えていった。当然、鮮血の色の縄も消えちゃって、蛇は自由になった。すごく小さくなって、半透明の頼りない蛇に戻ってはいたけど、蛇は蛇のまま、ロザリーの身体に潜り込んでいったんだ。
 せっかく引き離した蛇を、どうして解放しちゃうのか、首をかしげたわたしに、スイシャク様とアマツ様からイメージが送られてきた。〈神の力にて、蛇を滅するはやすし〉〈は神のさばきにして、滅せられたる人の子は、咎人とがびとと為らん〉〈みずかはらいたる者こそが、己の罪をすすぐ也〉〈《鬼哭の鏡》が与えしは、救いの契機けいきに他ならず〉って。神霊さんたちの〈ことわり〉の中で、ロザリーが罪を背負わずに救われるためには、自分から蛇を祓わなきゃいけないんじゃないかな。
 
 わたしは、クローゼ子爵家の使者だった、AとBを思い出した。クローゼ子爵家にいることで、魂をけがしていたAとBは、〈神去かんさり〉にまでなったのに、過ちに気づいて、自分たちで踏みとどまり、命懸いのちがけでルルナお姉さんを助けようとしたことで、黒いちりみたいな穢れを祓い落とした。スイシャク様とアマツ様は、ロザリーもそうしなきゃいけないって、教えてくれているんだよ。
 わたしの存在がきっかけになって、身の内に蛇を飼ったロザリーは、〈鬼哭の鏡〉に実相じっそうを見せられて、蛇の存在に気づいたんだと思う。AやBみたいに、自分の力で蛇を切り離せるかどうかは、これからのロザリーの生き方にかかっているんだろう。
 
 校長室を出て、階段を降りて、校舎の出口に向かいながら、わたしは、今にも泣いてしまいそうだった。わたしは、ロザリーが嫌いだ。ロザリーの怒りは、単なるいいがかりだと思う。話をしようなんて考えずに、知らない振りをしておけば良かったのかもしれない。客観的に見て、わたしのいい分は間違っていないと思う。
 ただ、そうやって自分を慰めても、わたしの気持ちは晴れないんだよ。自分が決定的に失敗したことは自覚しているし、何よりも、同級生であるロザリーの、あまりに激しい憎しみが、わたしに向かっているんだと思ったら、怖くて悲しくて、どうしようもない気持ちだったから……。
 
 とぼとぼと、重い足取りで歩いているわたしに、声をかけたのは、校舎の出入り口で待ってくれていたジャネッタだった。
 
「お疲れ、チェルニ。思ってたよりは早かったね。帰ろうか?」
「ジャネッタ……」
「何よ。今にも泣きそうじゃないの。チェルニにしては、めずらしいね。ロザリーとの話し合いって、そんなに大変だったの? まあ、そうだろうとは思ってたけどさ。よかったら、話を聞くよ?」
「話したいけど、ロザリーのこともあるからさ」
「平気でしょ? 教室の真ん中で、チェルニにけんかを売ったわけだし、ロザリーの気持ちなんて、クラスの全員にばれてたわよ。あの子、全く隠す気がなかったし。隠す余裕もなかったって、いった方が良いかもしれないけど。ここだけの話にしておくから、いってみたら? 少しは気持ちが軽くなるよ?」
 
 ジャネッタの言葉に、わたしは、小さくうなずいた。本人のいう通り、ジャネッタは、とっても口が固い。蛇のことは隠すとして、皆んなに知られている以上、ちょっとくらい打ち明けたっていいだろう。ジャネッタは、わたしを心配して、ずっと校舎の出入り口で待っていてくれていたんだから。
 何よりも、わたしは、かなり落ち込んでいて、ジャネッタに話を聞いてほしかったんだと思う。家に向かって歩き出しながら、わたしは、ぼそぼそとジャネッタに説明した。ロザリーを怒らせたことから、校長先生が後を引き受けてくれたことまで、全部。
 
「つまり、わたしは、失敗しちゃったんだよ、ジャネッタ」
「チェルニが悪いとは思わないよ。もともと、単なるいいがかりなんだし。でも、失敗か成功かって聞かれたら、失敗だね。盛大に失敗してるよ、チェルニ」
「……だよね。話し合いまでいかなくて、最初から怒らせちゃったからね。ロザリーってば、すっごく興奮していて、聞く耳を持たないんだよ。憎い、ずるいって、そればっかり。ロザリーがほしかったものを持っているのに、何も大切にしないわたしが、嫌いだっていわれたよ。これって、わたしが無神経だったのかな、やっぱり?」
「ほしいもの、ね。トマスのこと、何かいってた?」
「……いってた。知ってるの、ジャネッタ?」
「知ってるよ。というか、知らなかったのって、うちの学年だとチェルニくらいじゃないの? 有名だったよ、ロザリーとトマスとチェルニの三角関係」
「はあ? 何それ! わたし、関係ないよ。トマスって子とは、ろくに話した記憶もないのに! 変な噂になるのなんて、迷惑だよ!」
 
 だめだって思うのに、わたしは、きつい口調になるのを止められなかった。だって、わたしは、レフ様のことが好きだから。レフ様と、こっ、婚約するって決まっているんだから。よく知らない子と噂になるなんて、絶対に嫌だったんだ。
 ジャネッタは、妙に大人っぽい表情で微笑んで、優しい声でいった。わかってるよ、って。変なことをいって、ごめんね、って。
 
「わたしだけじゃなく、皆んな、わかってるよ。ロザリーがトマスを好きで、トマスはチェルニが好きで、チェルニはまったく無関心だって」
「……もっと早く、教えてくれたら良かったのに」
「だって、わたしがいっても、迷惑そうな顔をするだけでしょう? 面と向かって、迷惑だっていい出す可能性もあるし。あの二人は、放っておけば良いと思ったんだよ。でも、わたしが勝手に決めるべきじゃなかったね。本当にごめんね、チェルニ」
「……別に良いよ。わたしも、感情的になって、ごめん」
「トマスって、顔も頭も良いし、すごく人気があるんだけど、わりと打算的なところのある男の子だと思うんだよ、わたし。チェルニが王立学院に行って、まったく脈がないって分かったら、ロザリーとくっつくんじゃないのかな。何となく、お似合いだしね。だからっていうわけじゃないけど、ロザリーのことは気にしなくて良いと思うよ」
「……うん」
「ただ、校長先生のいったことだけは、覚えておいてほしいんだ。友達としての忠告だけどね。チェルニは何も悪くない。勝手にひがんだロザリーが悪い。でも、ロザリーの気持ちがわかるっていう子は、山のようにいるんだよ、チェルニ。共感しなくても良いし、理解しろともいわないけど、覚えていて。それだけで、救われるものもあると思うからさ」
「……ジャネッタって、どうしてそんなに大人なの? おかしくない? 知恵を司る神霊さんから、印をもらってるから? ジャネッタも、知恵の神霊術を使えるなんてずるいって、からまれてたことがあったよね?」
「あった、あった。わたしなんて、試験のたびに、ずるいとか不正だとか、めちゃくちゃ陰口をきかれてたよ。知恵の神霊さんは、試験の回答なんて教えてくれないっていうの。でも、わたしが、ロザリーにちょっとだけ同情的なのは、違う理由からだよ」
「その理由って、わたしが聞いても良いのかな?」
「……そうだね。もう告白しちゃおうか。わたしも、ロザリーと同じだったんだよ。わりと長い間、チェルニのこと、憎んでいたんだ」
 
     ◆
 
 ジャネッタの言葉を聞いた瞬間、わたしの周りから、あらゆる音が消えた気がした。馬車道を走る馬のひずめの軽快な足音も、道を歩いている人たちが話す楽しそうなざわめきも、お店の前でお客さんを呼び込む元気な呼び声も、空高く響く鳥たちの鳴き声も、全部消えちゃって、わたしの耳には、ジャネッタの声だけが残っていた。
 ジャネッタは、わたしの数少ない友達で、唯一っていっていいくらいの親友だと思っている。そのジャネッタが、わたしを憎んでいるっていった。今日一日、けっこう傷ついていた心が、悲鳴を上げそうになっている。ここで泣いちゃっても良いのかな、わたし……。
 
 何歩か先を歩いていたジャネッタは、わたしが立ち止まっていることに気づいて、後ろを振り返った。そして、わたしの顔を見た途端、悲鳴みたいな声でわたしの名前を呼びながら、慌てて駆け寄ってきた。わたしは、もう涙を止められなくて、鼻水まで流れてきそうなくらいだったから、驚かせてしまったんだろう。
 ジャネッタは、かばんの中からハンカチを引っ張り出して、強引にわたしの手に握らせてくれた。その手が、微かに震えている気がしたのは、わたしの錯覚じゃないと思う。
 
「ごめんね、チェルニ。ごめん。馬鹿なことをいっちゃった。本当にごめん」
「……わっ、わたしも、こっ、こんなところで、泣いて、ごめん……」
「ああ、お願いだから、泣きやんで。チェルニを泣かしたなんて知られたら、後が怖いよ。想像するだけで震えそう」
「うちのお父さんとお母さんは、友達とけんかしたからっていって、口出しなんてしないよ。けんかじゃないし。あの……友達だと思って良いの?」
「友達だよ! 親友だよ、チェルニ! 本当にごめん! あと、わたしが怖いのはアリアナさんだから」
「アリアナお姉ちゃん? お姉ちゃんは、誰よりも穏やかで優しいよ?」
「普段はね。チェルニを泣かしたりしたら、いきなり人が変わるから、アリアナさん。硝子がらすみたいな目で、ずっと静かに問い詰めてくるから。変化が激し過ぎて、本当に怖いから。ともかく、さっきの言葉は訂正させて。憎んでたっていうのは、いい過ぎだったと思う。わたしも、ロザリーと一緒で、チェルニをねたんで、勝手にひがんでいただけだし、もう克服しているよ? うらやましいっていう気持ちが、ないわけじゃないけど、チェルニはチェルニ、わたしはわたし。本当にわかっているから」
 
 そういって、ジャネッタは、何度もわたしの背中をなでてくれた。わたしと同じ十四歳の少女の、まだ少しだけ小さな手で。涙はなかなか止まってくれなかったけど、少しずつ気持ちは軽くなっていく。ジャネッタの手の優しさは、絶対に嘘じゃない。わたしを憎んだことがあったとしても、今のジャネッタは、わたしを友達だって思ってくれているんだよ……。
 
 ジャネッタに慰められ、ぐすぐすと鼻をすするくらいに落ち着いた頃、わたしは、あっと気がついた。ジャネッタとロザリーの話をし始めてから、スイシャク様とアマツ様の気配が消えているんだよ。
 あんなに過保護で、すぐに〈荒御霊あらみたま〉になっちゃいそうなくらい、わたしを守ろうとしてくれるスイシャク様とアマツ様だから、わたしが泣いていたら、何らかの動きはありそうな気がする。善良な少女であるジャネッタを、尊い神霊さんが傷つけるとは思わないけど、王立学院の入試のときだって、金魚少年に警告していたくらいなんだ。
 
 不思議に思って、心の中でそっと呼びかけると、すぐに優しくておごそかなイメージが送られてきた。〈く能く話し合うがし〉〈親しき友との語らいは、雛の心を育てるらん〉っていうのは、神霊さんなのに教育熱心なスイシャク様。〈が友とせし娘は、己が手をて、己が悪心をきよめらるる者にて〉〈重畳ちょうじょう重畳〉っていうのは、なぜか〈人の子の感情の機微きび〉に敏感なアマツ様。世にも尊い二柱ふたはしらは、わたしのために、黙って見守ってくれているみたいなんだ。
 二柱の気遣いに背中を押されて、わたしは、ジャネッタに話しかけた。聞くのは怖いけど、聞かないでいるのはもっと怖い、わたしへの憎しみっていうものについて。
 
「あのね、ジャネッタ」
「何? 大丈夫? 本当にごめんね、チェルニ」
「それは良いんだけど、できたら教えてほしい。ジャネッタは、その、どうして、わたしのことを……憎んでたの?」
「……あのさ、わたしも、ロザリーと同じでさ、周りの人からは、賢い賢いっていわれて育ったんだよ。知恵を司る神霊さんに印をいただいていて、自分でいうのも何だけど、理解力とか読解力とか、かなり高いからね。勉強だって、神霊さんのお力を借りずに頑張って、町立学校に入ってからの成績も、すごく良かったしね」
「ジャネッタは、いつも上位だからね。勉強も神霊術も」
「うん。でも、チェルニに勝てたことは一度もなかったし、勝てると思えたことも一度もなかった。何というか、チェルニに会ってすぐ、だめだなって思ったよ。いくら努力しても、チェルニとは勝負にもならない。生まれ持ったものが違うんだって。人って、不公平に生まれるんだって、初めて実感したんだ。悔しかったな」
「ごめん。でも、謝ることでもないね」
「そうだよ。でね、勉強や神霊術以外で、チェルニに欠点があったら、話は簡単だったのに、チェルニは、他にもいろんなものを持ってたんだ。すっごい美少女で、素晴らしい家族に愛されて、お金持ちの子で、男子にめちゃくちゃ人気があって。しかも、チェルニ自身は、それを特別だとも思ってないんだもん。近くで見てたら、そりゃあ腹も立つよ。チェルニに対してっていうより、この世の不公平ってものに対してさ」
 
 そういって、ジャネッタは口をつぐんだ。とぼとぼと歩きながら、わたしも何もいえなかった。ジャネッタの言葉に対して、反論がなかったわけじゃない。わたしだって、一生懸命に勉強したし、自分が恵まれているのはわかっているから。ジャネッタがいいたいのは、そういうことじゃないんだとしても。
 
 わたしは、レフ様に会いたいなって思った。好きな人だから会いたいっていうより、〈神威しんいげき〉として現世うつしよに生を受けて、わたしなんかよりも、遥かにすべてを手にしているレフ様に、話を聞いてみたかった。人というより、神霊さんに近い意識を持っているレフ様だって、迷ったり怒ったり落ち込んだりするんだって、今のわたしは知っているからね。
 わたしの頭の中には、数日前、魂魄こんぱくだけで会っていた、レフ様の面影おもかげが浮かんだ。わたしに、きゅ、求婚してくれたとき、レフ様の声も瞳も、かすかに震えて揺れているように思った。それが、わたしの思い過ごしじゃなかったら、人の範疇はんちゅうに入るのかどうか微妙なレフ様だって、悩んだりまどったりしてくれたんだろう。わたしが、レフ様を好きになって、何度も泣かずにはいられなかった気持ちを、ほんの少しでも共有してくれたんじゃないんだろうか。
 
 レフ様のことを思い出した瞬間、わたしは、引き絞られたみたいに胸が痛くなった。わたしの大好きなレフ様が、誰か別の女の人を好きになって、それを目の前で見せられたら、わたしは、どんな気持ちになったんだろう。その女の人とレフ様が、結婚したりしたら、わたしは、どんなに泣いたんだろう。逆に、その女の人が、レフ様を相手にしなかったら、わたしは、その女の人を憎まずにいられるんだろうか……。
 そう思ったら、わたしの口は、勝手にジャネッタの名前を呼んでいた。ロザリーは嫌いだし、トマスっていう子に好かれたのは、やっぱり迷惑でしかないけど、わたしは、そう切り捨ててしまう傲慢ごうまんさっていうものにも、気づいた気がしたんだ。
 
「ジャネッタ」
「何、チェルニ?」
「ジャネッタにも、好きな男の子がいたりしたの? わたしたちって、思春期の少女のくせに、そういう話をした覚えがないんだけど」
「そりゃあ、チェルニが無関心だったからでしょう? いたよ。好きか嫌いかっていわれたら、今でも好き。その子は、チェルニが好きだけどね」
「……」
「だから、どうっていう話じゃないよ? もう納得してるし、それでいったら、うちの学年の男子で、チェルニに憧れていない子なんて、いないんじゃないの? 女子は、もう皆んなあきらめてるよ。憧れは、しょせんは憧れだしね。チェルニが振り向かなかったら、そこまでだろうし。ロザリーは、もともとトマスと仲が良くて、両思いになる流れだったから、あきらめがつかなかったんじゃないの?」
「わたし、クラスの皆んなに嫌われても、仕方ないのかもね」
「何よ、めずらしいことをいうじゃないの。いつものチェルニだったら、〈わたしには無関係なのに〉って、怒りそうなものなのに。心境の変化でもあったの? 何となく、チェルニの様子が変わったなって、思ってはいたんだ。卒業生は自宅学習期間で、わたしたちも会っていなかったから、いつからとか、どんなふうにとか、まだわからないんだけど」
 
 ジャネッタのいう通り、わたしたちは、しばらく会っていなかった。町立学校の卒業生は、卒業式前の数週間は、自宅学習の期間になる。その間に、試験で悪い点を取った科目の補修を受けたり、高等学校を受験したり、卒業後に働く子は、仕事場を訪ねたりするんだ。
 わたしは、その自宅学習期間に、レフ様への気持ちを自覚して、何度も泣いて、〈神託しんたく〉の宣旨せんじを受けて、王立学院を受験して、レフ様と婚約の話が進むっていう、激動に次ぐ激動の毎日だった。当然、わたしの気持ちも翻弄ほんろうされ続けていたから、変わらない方が不自然だろう。
 
 わたしを親友だっていってくれたジャネッタに、隠すつもりはなかったから、わたしは、覚悟を決めてこういった。
 
「確かに、心境の変化はあったと思うんだ。わたしね……」
「うん。どうしたの? 必要なら絶対に黙っているから、教えて」
「わたし、好きな人ができたんだ。正確にいうと、好きだって自覚したんだけど」
「ええ!? チェルニが!?」
「それで、相手の人と、その、こっ、婚約することになると思うんだ」
 
 だから、人を好きになる気持ちも、好きだからこそ心をゆがめてしまう気持ちも、わかるような気がする……そう続けようと思ったのに、わたしは、すぐには何もいえなかった。ジャネッタの絶叫が、のどかなキュレルの街の往来おうらいで、大音量で響き渡っていた……。