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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 34通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 すっかり秋らしくなって、朝夕は肌寒いくらいになりましたね。風邪とか、引いてらっしゃいませんか? 毎日、たくさんご飯を食べて、ちゃんと寝ていますか? たくさんの人にとって、大切なネイラ様なんですから、身体には気をつけてくださいね。(今回は、常識的な感じで、手紙を書き始めてみました)

 ご飯といえば、昨日の晩ごはんは、すごく特別なものだったんです。何しろ、スイシャク様とアマツ様に捧げる〈神饌しんせん〉で、素敵な執事さんのヴェル様まで、一緒に食卓を囲んだんですから。

 スイシャク様が力を貸してくださるお陰で、今のわたしは、いろいろなものを見聞きすることができます。クローゼ子爵家の様子とか、守備隊にいるフェルトさんの姿とか、クローゼ子爵家の使者たちの言動とか……。
 その結果、嫌な気分になっちゃったので、わたしの大好きなお母さんが、〈ご飯を食べましょう!〉って宣言したんです。ヴェル様が来てくれた、記念すべき日だから、〈歓迎会をしましょう!〉って。
 そうしたら、スイシャク様とアマツ様まで、〈厄落としに神饌とは剛気ごうき〉っていい出して、皆んなでお父さんのご馳走を食べることになったんです。

 神饌って、いくつか決まり事がありますよね。〈鳥肉以外の肉類は禁止〉とか〈香りの強い野菜は不適切〉とか〈魚は尾頭つき〉とか。お父さんは、この決まり事を守りながら、たくさんの料理を作ってくれました。
 花畑みたいに飾られた生野菜のサラダに始まって、透き通った金色の魚介のスープ、純白の塩で蒸し焼きにした桜鯛、狐色に輝く揚げ鶏、色とりどりの野菜が宝石みたいに輝くゼリー寄せ、オレンジのソースが爽やかな鴨のソテー、ふんわりと膨らんだ黄金色のスフレオムレツ、何種類もの焼き立てパン……。

 うう。思い出したら、また食べたくなっちゃいました。とにかく、おいしい料理だったんですけど、スイシャク様とアマツ様ってば、すごく気に入ってくれたみたいで、ぱかぱかと可愛いくちばしを開けて、どんどん食べていっちゃったんです。

 町立学校では、〈ご神霊に実体はなく、いとも尊きご霊体で在らせられる〉って教えられました。でも、ご霊体って、本当に物を食べたりするんでしょうか?
 不思議で仕方なくて、スイシャク様のくちばしの奥とか、ちょっとのぞいてみたい気がしました。さすがに十四歳の少女ともなると、それを実行に移さないだけの分別がありましたけどね。

 歓迎会の主役であるヴェル様は、最初のうちは、スイシャク様とアマツ様の様子に衝撃を受けていたみたいで、むずかしそうな言葉をつぶやいていました。〈神人共食しんじんきょうしょく〉って熟語だけは、しっかり耳に残っています。
 そんなヴェル様も、しばらくすると開き直ったのか、おいしい、おいしいって、いっぱい食べてくれたので、わたしも嬉しかったです。お父さんの料理って、本当に最高なんですから!

 晩ごはんの最後の方には、今年最後になるかもしれない、りんごパンが出てきました。スイシャク様もヴェル様も、大喜びで食べてくれました。
 わたしは……りんごパンを見たとたんに、ネイラ様を思い出しました。この食堂にネイラ様も来てくれて、一緒にごはんを食べられたら、最高に幸せだろうなって、そう思ったんです。いつか、本当にそうなるように、こっそりお祈りしておきますね。

 読み返してみると、ごはんのことしか書いていないので、ちょっと恥ずかしい気がしてきました。次回は、もうちょっと賢そうな感じで書きますからね。また、次の手紙で会いましょう。

     ネイラ様の好きな食べ物を教えてほしい、チェルニ・カペラより

追伸/
 アマツ様から、わたしのことを聞いてもらうのは、基本的に大丈夫です。アマツ様には、少女の繊細さはわかってもらえない気がしますが、ネイラ様はすごく紳士で、信頼できる方だと思うので。

追伸の追伸/
 わたしも、ネイラ様のことを、いろいろとアマツ様に聞いてみたいです。これって、失礼に当たりますか?

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〈食〉への興味をかき立ててくれる、チェルニ・カペラ様

 きみの手紙は、いつも生き生きとした活力に満ちていて、読むだけでわたしまで楽しくなってきます。そして、今回の手紙では、〈食〉というものに対する興味を、深く呼び起こされてしまいました。

 きみの父上が、スイシャク様やアマツ様、そしてパヴェルをもてなそうと、特別な神饌をきょうしてくれたことは、□□(きみのいう、アマツ様の呼び名であり、御名の一部です。まだ、文字としては読めないでしょうね?)から聞いていました。
 わたしのもとへ現れるなり、部屋を極彩色に染め上げるほどの鱗粉を振りきながら、上機嫌で伝えてきましたから。

 神霊に捧げられる神饌は、五穀豊穣ごこくほうじょうを感謝するために、人が考え出した儀式のようなものです。霊的な存在である神霊は、飲食を必要としませんので、ほとんどの場合、現世うつしよの〈食〉には関心を示しません。ただ、人の子が捧げ、供えた供物くもつに込められた、真心を受け取るだけなのです。
 それなのに、□□□(きみのいう、スイシャク様の御名の一部です)も□□も、本当においしくご馳走になったそうですね? ルーラ王国の千年を超える歴史の中でも、公式には一度も確認されておらず、わたしと共に飲食するだけでしたので、パヴェルが驚愕するのも、もっともでしょう。

 神霊は〈融通無限ゆうずうむげ〉ですので、その気になれば、飲食をすることは簡単です。実は、きみの父上が贈ってくれたマロングラッセやブランデーケーキは、□□の大好物なのです。
 わたしと父母、□□が、そろって一切れのブランデーケーキを食べるのが、最近のネイラ侯爵家の習慣です。気難しい息子で、少しだけ距離のあった親子関係が、この習慣によって、ずいぶんと気安いものになったと思います。ありがとう。

 とはいえ、□□はともかく、わたしより先に、パヴェルがりんごパンをご馳走になったというのは、少し複雑ですね。来年のりんごパンは、きみと一緒に食べてみたいものだと、密かに願っています。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。

     次回の手紙までに、自分の好き嫌いを整理しておきたい、レフ・ティルグ・ネイラ

追伸/
 きみのことを□□に聞くこと、許可をくれて、ありがとう。節度を守った質問をすると、約束しますからね。わたしのことは、何でも聞いてください。きみに隠したいことは、何もないので。