連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 89通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
今回の手紙は、いつもとは感じが違うかもしれません。だって、意識しちゃうと、どうしようもない感じになってしまうので、今までは、手紙でも書かないようにしていたんですけど……いよいよ、約束の日がやってきたんですよ、ネイラ様。
何週間か前、わたしは、ネイラ様に手紙を書きました。いつも書いている気楽な手紙じゃなく、混乱して、悩んでいて、助けてほしくて書いた手紙です。わたしが、〈神託の巫〉なんじゃないかっていう、大それた想像を打ち明けた、あの手紙です。
ネイラ様は、すぐに親切な返事を書いて、わたしを元気づけてくれましたね。そして、手紙では伝えにくいことを教えてあげるから、会いましょうって誘ってくれたんです。王立学院の入試が終わった三日後、美しい満月の夜に、〈魂魄〉で、〈月の銀橋〉で待ち合わせをしましょうって……。
あのときの衝撃は、今でも、はっきりと覚えています。とっても会いたくて、でも、実はもう会えないんじゃないかって、心のどこかで不安に思っていたのに。実体ではないとはいえ、本当にネイラ様に会えるんだって思うと、胸がどきどきして、どうしていいのかわからなくて、キュレルの街中を走り回りそうな気分でした。
指折り数えて待ったりすると、ますます混乱しそうだったから、それからのわたしは、できるだけ銀橋での再会について、考えないようにしていました。そうしたら、本当に忘れそうになっていたのには、笑うしかありませんよね。(わたしって、わりと単純なところがあるみたいです。それとも、これって、一種の自己防衛なんでしょうか?)
昨日、王都の家に来てくれたヴェル様は、帰るときにいいました。〈明日の夜は、王立学院の入試から三日後、全き満月の輝く夜でございます。レフ様からお使者が参られましょうから、よろしくお願いいたしますね、チェルニちゃん〉って。
昨夜はあんまり寝られなくて、昼間もそわそわして、今、この手紙を書いています。ベッドに入って、何とか眠りについたら、ネイラ様のお使者が来てくれるんでしょうか? 魂魄だけになるって、わたしにできるんでしょうか? もし、上手に魂魄だけになれなかったら、ネイラ様に会えないんでしょうか?
こうして手紙を書いている間も、胸がどきどきして、手が震えてしまいそうです。いつも汚い字が、もっと汚かったりしたら、わたしが動揺しているせいなので、大目に見てくださいね。
とても寝られるとは思いませんが、そろそろベッドに入ることにします。わたしの膝の上にはスイシャク様、肩の上にはアマツ様がいてくれて、ふくふくの羽毛と艶々の羽毛で、わたしを撫でてくれています。二柱が側にいてくれたら、きっと大丈夫ですよね? ね?
では、何時間か後に、魂魄で会いましょう! 待っています!
冬眠前の熊よりも落ち着きのない、チェルニ・カペラより
追伸/
ネイラ様が書いてくれたときは、素敵なお誘いだって思ったんですが、自分で書いてみると、〈魂魄で会いましょう!〉って、すごく誤解されやすい言葉ですね。死んじゃうみたいで縁起が悪い……なんて、思っていません。本当に、思ってないったら、思ってないですよ、ネイラ様。
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少女らしい戸惑いが愛らしい、チェルニ・カペラ様
きみのいう〈アマツ様〉が、手紙を運んでくれましたので、大急ぎで返事を書いています。きみを動揺させるのも、不安にさせるのも、わたしの本意ではないからです。きみが、眠れないまま、心細い思いをしているのではないかと想像するだけで、わたしまで落ち着かない気持ちになります。
きみの側には、慈悲深きこと比類なき〈スイシャク様〉と、きみを溺愛している〈アマツ様〉がいますので、何も案ずる必要はありません。きみは、仮初に魂魄だけの存在となり、月の銀橋に来てくれるでしょう。何の問題も起きないことは、わたしが断言しますので、どうか安心してくださいね。
それにしても、きみの手紙を読んで、初めて気がつきました。女性を誘うのに、〈魂魄で会いましょう〉というのは、ありませんね。今にして思えば、副官のマルティノたちが、微妙な顔をしていたのも、納得がいきます。彼らは、絶対にわたしを否定しないのですが、こんなときくらい教えてくれれば良いのに。
マルティノは、〈流石、団長閣下。我らには計り知れない、深淵なるお誘いでございます〉などといっていました。あれは、わたしにかける言葉もなく、苦肉の策として口にしていたのでしょう。マルティノのことなので、本心である可能性も、少しはありますけれど。
そろそろ月が中空に至ったようです。この手紙の封をして、わたしも休む用意をしましょう。きみへの使者を申し付けたのは、二柱の巨大な獅子たちで、きっと気に入ると思いますよ。
では、後ほど。美しい満天の空の中、月の銀橋で会いましょうね。
自分でも、落ち着きをなくしていることに驚いている、レフ・ティルグ・ネイラ