連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 56通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
わたしは、ネイラ様が思ってくれているような、優しい少女じゃないのかもしれません……。
前回のネイラ様からの手紙を読んで、真っ先に浮かんだのが、そんな感想でした。わたしが手紙を書けなかったのは、元大公たちの苦しむ姿を目にした恐怖心が原因なんじゃないかって、心配してもらったんですよね? でも、わたしってば、そこはまったく気にしていなかったんですよ、ネイラ様。
元大公のお屋敷で、ネイラ様が元大公たちに視線を向けたときのことは、今も鮮明に覚えています。ネイラ様の銀色の瞳が煌めいた瞬間、元クローゼ子爵や元大公たちが、勝手にもがき苦しんでいましたね。ネイラ様は、特に攻撃しようともしていないのに、断罪の炎に焼かれちゃったんだなって、すぐにわかりました。
元大公は、額に刻印された真っ赤な〈神敵〉の文字から、青白い〈業火〉を吹き上げながら、死人みたいに痙攣していました。元クローゼ子爵たちも、やっぱり〈業火〉に焼かれて、〈鬼成り〉の蛇まで骨になっていました。恐ろしいといえば、あんなに恐ろしい光景もなかったと思います。
お父さんとお母さんに、あのときのことを聞いてみると、〈大公たちが青い光に包まれて苦しがっていた〉そうです。神霊さんのご威光によって、罰を受けたんだろうって、何となくわかってはいたけど、〈神敵〉の文字なんかは、目に入っていなかったらしいんです。
同じ情景のはずなのに、それぞれに別のものが見えているって、すごく不思議ですね。わたしとお父さん、お母さんが違うように、〈神威の覡〉であるネイラ様の視界も、わたしとは違うんでしょうか? そう考えると、ネイラ様と同じものが見たいような、見るのが怖いような、何ともいえない気持ちになります。
ともあれ、大公たちが苦しんでいたのは確かですが……あの人たちって、そんな目に遭うだけの罪を重ねていましたよね? 苦しんでいるっていえば、罠に嵌められたマチアス様……マー様やお姫様の方が、ずっと長く苦しんでいましたよね? 第一、〈野ばら亭〉に放火されて、お客さんごと焼き殺されそうになってましたよね、カペラ家は?
自業自得というか、わりといい気味というか、元大公たちの苦しむ様子を見ても、わたしは、全然、まったく、可哀想だとは思いませんでした。正直なところ、〈神眼〉で断罪の力を振るったネイラ様よりも、自分の手でぼきぼきと襲撃犯の骨をへし折っていた、〈黒夜〉の女の人の方が、生々しくて怖かったくらいです。
元大公たちが焼かれているのを、本当に目の前で見たら、そりゃあ怖かったんだろうと思います。人が苦しんでいるのって、無条件で恐怖ですものね。でも、だからといって、ネイラ様に気を遣ってほしくはありません。ネイラ様が下す断罪であれば、わたしは、それを見る必要があるんじゃないか……。神霊さんたちにいわれたわけでもないのに、なぜかそんな気がするんです。
わたしが、手紙をお休みしちゃったのは、何というか、その、少女の恥じらいというものです。鏡越しとはいえ、久しぶり(というか、二回目ですね)にネイラ様に会えて、緊張しちゃったというか、感無量になっちゃったというか。本当に、本当にそれだけなので、心配しないでくださいね。
ということで、この話はここまでにしてください。また、次の手紙でお会いしましょう!
ちょっといつもの調子が戻ってきた、チェルニ・カペラより
追伸/
読み返してから気づいたんですが、わたしが、あんまり優しい少女じゃなかったら、ネイラ様をがっかりさせてしまいますか?
←→
優しさとは強さでもあることを教えてくれた、チェルニ・カペラ様
きみの美しい瞳には、やはり断罪の情景が見えていたのですね。きみを鍾愛する神々が、見せないように計らっている可能性もあったのですが、きみの柔軟で強靭な心であれば、揺らぎはしないと考えたのでしょう。
実をいうと、あのとき、わたしは断罪を意識して、あの者たちを視たわけではありません。ルーラ元大公の罪は重く、共犯者共々、神罰が下ることは決まっており、わたしが裁くまでもありませんでした。
また、伯父である宰相、ロドニカ公爵閣下にも、神霊庁の裁判にて罪を明らかにしたいと頼まれていました。わたしは、只、元大公のあまりの悪口雑言に辟易して、思わず視線を流しただけだったのです。
本来であれば、いかに〈神威の覡〉とはいえ、無意識の視線だけで、人が業火に焼かれるはずはありません。それなのに、元大公たちが燃えてしまったのは、あれらが〈人〉ではなくなりつつあったからでしょう。
元クローゼ子爵は、すでに〈鬼成り〉していましたね。元クローゼ子爵の親族たちも、〈鬼成り〉は時間の問題だったと思います。そして、元大公は、〈鬼成り〉すら許されず、人の枠から堕ちようとしています。元大公たちの行き着く先は、神霊庁の裁判でも明らかにされることでしょう。
きみが気丈にも、断罪の光景を受け入れてくれたと知って、とても頼もしく思います。幼い少女であるきみの瞳に、残酷ともいえる断罪を映すのは、心苦しくもありますが、きっと数多の神々が、きみを守護してくれるでしょう。
もちろん、わたしも、心からきみを守りたいと思っています。きみや、きみのご家族の安全だけでなく、きみの清らかな心を守りたいのです。もし、何か困っていたり、悩んでいたりしたら、必ずわたしに相談してください。約束ですよ。
では、また。次の手紙で会いましょうね。
きみに対してがっかりすることなど、想像もできない、レフ・ティルグ・ネイラ