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さすらいの半蔵門線

こんにちは、opsol bookのヤナガワです。

中学生の頃に修学旅行で行った東京は、三重の田舎から飛び出した私からすると、まったくの別世界に感じました。次々とホームに入ってくる電車、地元では見たことがないくらい高いビル、360度どこを見渡しても目に入る人混み。全てが初めての経験です。

ただ、修学旅行でどこに行って何をしたのか、何となく記憶はあるものの、詳しく覚えてはいません。

そんな中、たった数時間の出来事だけは、今でも鮮明に思い出すことができます。今回は、私が唯一覚えている修学旅行での一幕をお送りします。

東京駅の罠

修学旅行2日目の午後。事前に決めた班ごとに、先生から与えられたミッションに挑み、クリアすれば自由行動の時間が与えられます。私たちの班が挑んだのは、東京タワーの前で写真を撮る、というものでした。

早々にミッションをクリアして、自由行動タイムに突入。東京タワーを数秒だけ見上げ、足早に東京駅へと向かいました。目的は、ずっと行きたいと願っていたジャンプショップ。初めて訪れる場所に大興奮し、地元では買えないグッズをたくさん購入したことを覚えています。ただ、自由行動には時間制限があり、決められた時刻までに集合場所に行かなくてはなりません。

普段、ほとんど電車を利用しない私たちは、東京駅のあまりの広さに驚きました。改札1つとホーム2つからなる地元の駅では、迷うことなどありませんし、1時間に1本しかない電車に乗り遅れてしまうと大変なことになります。そんな場所から大都会に出てきたわけですから、当然、東京の駅に馴染めるはずがないのです。

そんな生徒たちのために、自由行動中のみ、学校から各班の班長に携帯電話が配布されていました。これがあれば、有事の際に先生と連絡を取ることができます。ただし、配られたのはガラパゴス携帯なので、現代の味方である便利な乗り換えアプリを使用することはできません。もちろん、自身の携帯を修学旅行中に使用することも禁止されていました(持ってくること自体がNGです)。

そのため、当日スムーズに行動できるよう、自由行動のスケジュールを事前に組み、私たちはそのスケジュール表を参考に行動していました。電車の時刻も事前に調べた状態で東京の地に立っていたので、残る心配は土地勘が無いことのみです。駅の中にある案内表示を頼りにするしかありません。とはいえ、改札まで行くくらい何とかなると思っていました。案内通りに進めば辿り着けるはずだ、と。

しかし、余裕を持ってジャンプショップを出たはずが、いつまで経っても目的の改札が見つかりません。気付けば、乗る予定だった電車の時刻が迫っていました。集合場所の最寄り駅は押上〈スカイツリー前〉駅。そこに向かうには、東京駅から東京メトロ丸ノ内線大手町駅に向かい、そこから更に東京メトロ半蔵門線の電車に乗り換えなければいけません。

私たちのスケジュール表に書かれていたのは「東京駅から、○時○分の東京メトロ半蔵門線の電車に乗って押上〈スカイツリー前〉駅へ向かう」という内容。東京駅から1本で押上駅に行けると思っていたため、経由地点である大手町駅が抜けています。そうとは知らずに、東京駅の中で必死に目当ての半蔵門線を探す中学生4人。今居る場所からすぐに電車に乗って押上駅に向かうことができると思い込んでいるため、なぜか改札が見つからないこの状況に大焦りしています。

とりあえず進み続けていたものの、さすがにこのままでは集合時間に遅れてしまいます。私たちが途方に暮れていると、目の前に駅員さんの姿が見えました。恥ずかしがっている暇などありません。息も絶え絶え、駅員さんに声を掛けます。

「すみません! 押上〈スカイツリー前〉駅まで行きたいんですけど、半蔵門線ってどこですか!?」

明らかに修学旅行生だと丸わかりの私たちに、駅員さんは答えます。

「押上? 半蔵門線から乗るなら、ホームは反対側ですね。ここからだと歩いて10分くらいかな。紫色の案内を目印に進んでください」

歩いて10分!? 反対って、ここからすぐ乗れないの!?

地元ではありえない状況に絶望しました。しかし、立ち止まっている暇はありません。駅員さんにお礼を伝え、全員が「半蔵門線は紫!」「紫の半蔵!」「半蔵半蔵!」「紫紫!」と口に出しながら、可憐なUターンを決めました。

半蔵を口ずさみながら必死に進み続けると、ようやく求めていた紫色が見えてきました。私たちは、ずっとあなたを探していたのよ、半蔵……。やっとの思いで改札を通り、ホームに到着。電車を待っていると、向かいのホームに同じ学校の生徒が立っていました。

え!? 押上行きのホームって反対側なの!? もうわかんないよ!

どちらのホームから乗ればいいのかわからず、再度大混乱。しかし、もう反対側のホームには電車が到着しており、移動する時間はありません。間もなく私たちのホームにも電車が到着します。ここは誰かに聞いてみるしかない。

ホームで電車を待っていた男性に、必死の形相で「この電車は押上〈スカイツリー前〉駅に停まりますか!?」と聞いてみます。するとその男性はとても優しい顔で「はい、押上〈スカイツリー前〉駅に停まりますよ」と答えてくれました。「良かった……。東京の人も優しいやん」と失礼極まりない感想を抱きながら、安心してその電車に乗り込みましたが、まだ問題は解決していません。本来の予定よりもだいぶ遅い出発となったため、集合時間が迫っているのです。正直、押上駅に着いても間に合うかどうか。

※馴染みのない駅名だったため、いついかなる時も、私たちは「押上〈スカイツリー駅〉」と正式名称を口にしていました。

私のことは構わず、先に行って!

電車に揺られること18分。無事に押上駅に到着したものの、ここから更に集合場所まで移動しなければなりません。そして、集合場所はとある建物の屋上。エレベーターがなかったのか、はたまた使用できなかったのかは記憶にありませんが、なぜか外階段で屋上に向かうことに。

体力に自信のない私は、この時点ですでに諦めモードでした。ここに辿り着くまでにも散々走り回ったのに、ここから階段を駆け上がるなんて。必死に皆についていきましたが、だんだんと足が上がらなくなり、しまいには膝に手をついて立ち止まってしまいました。「私のことはいいから……皆だけでも先に行って――……!」の状況です。ここから一歩でも動いたら吐く、本気でそう思っていました。

しかし、友人たちもそうはいきません。班員の誰か一人でも遅刻となれば、連帯責任になるからです。窮地に陥った私たち。ここで、学校支給の携帯を持っている班長が、先生に電話を掛けてくれました。駅の中で迷ってしまい、予定していた電車に乗り遅れたこと。押上駅には到着していて、今屋上に向かっている途中であること。電話を受けた先生は状況を理解してくれたようで、「慌てず気を付けて来るように」と言ってくれました。その言葉に一安心した私たちは、遅刻に対する恐怖が拭われ、最後の気力を振り絞って再び階段を駆け上がったのです。

集合時間に2分程遅れて、何とか屋上に辿り着きました。先生たちの所へ謝罪に向かうも、「大変やったな! お疲れさん!」と言われるのみで、お叱りのお言葉はありません。その後、時間通りに集合していたクラスメイトにも謝罪し、体育座りで待機。まだ到着していない生徒もいるようでした。

しばらくして屋上に姿を見せた他の生徒たち。先ほど向かいのホームで見た班です。電車は大丈夫だったのかなと思い見ていると、私たちとは打って変わって、鬼のように叱られていました。

どうやら、命運を分けたのは、あの時班長が掛けた電話だったようです。もしあの時電話を掛けていなければ、私は階段を上ることを諦めていたかもしれないし、遅れた理由を知らない先生からは、この瞬間も全員で叱られていたかもしれません。この時私は、報連相の重要さを学んだのです。

人生で初めて口にした「半蔵門線」という言葉。「半蔵門線は紫!」「紫の半蔵!」「半蔵半蔵!」「紫紫!」と呪文のように唱えていたあの瞬間は、修学旅行で一番の思い出になりました。ちなみに、前日に行った夢の国での出来事は、全く覚えていません。無念。


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