無賃乗車、許すまじ
こんにちは、opsol bookのヤナガワです。
いきなりですが、皆さまに質問です。虫はお好きですか? 私は苦手です。
といっても、勤務中に現れた虫であれば、強気に立ち向かうことができます。なぜなら、「今は勤務中であり、賃金が発生している。その中でこの虫に立ち向かうことも、時に重要なり」と信念を掲げているので。
しかし、それがプライベートならば話は別です。勤務中ならムカデにだって立ち向かいますが、プライベートだと蚊が限界。自宅に上がり込んでいる蟻にさえ、逃げ惑いながら華麗なステップを踏んでしまいます。
出くわすタイミングによって対応が異なる虫。それでは、勤務中ではないけれど、完全プライベートな気分でもない時間、すなわち出勤中に出会ってしまった場合はどうなるのでしょうか。
突如現れたドライブの相棒
4月某日、午前8時10分。会社に向かって車を走らせていると、視界の右端に何かが映りました。
片側一車線からなるこの道には、センターラインに車線分離標が設置されています。道路でよく見るオレンジ色のポールです。走行中は右側のバックミラーに一定間隔で並んだポールが映るため、先程見えたのは、きっとその残像でしょう。
そう思いながら車を走らせていましたが、よく思い返してみると、例のポールにしては、何だか茶色かったような。そして、丸かったような。
どうしても違和感を拭いきれず、意を決してもう一度運転席側の窓を見てみると、そこにあったのは、オレンジ色のポールの残像ではなく、2cm程の大きさの茶色い何か。
虫だ!
虫! ムシ! Mushi! ムッシッシ! 思わず口が開いてしまいました。たとえ文章だとしても、あまり虫と入力したくないので、ここからはムッシーと呼ばせてください。
予想外の出来事に混乱したものの、ムッシーが張り付いているのは外側かもしれません。そう現実逃避をしつつ、明らかに内側に感じる立体感。触覚もチロチロチロ~と動いています。こんなの怖くて直視できません。
どれだけ怖がっていても、ここに居るのは私一人。勇気を出して外に放つ必要があります。運転席側の窓を少しだけ開け、いつでもムッシーが外に出られるようにスタンバイ。あわよくばそのまま風で飛んでいくことを願い、ひたすら車を走らせました。窓の隙間に向かって、少しずつ上に進んでくムッシー。あんよが上手だね。いいよ、その調子で外の世界に戻りな。
ところで、着実に外に向かい始めている彼(彼女?)に、一つ伝えておきたいことがあります。
長距離乗車にも拘らず、お金を払う素振りすら見せないのはなぜ? そんなにヤナガワ号に乗りたいのなら、乗車料金を払ってもらわないと。最近はガソリン代も高いし、こちらもね、無賃乗車を許せるほどの余裕はないんですよ、お客さん。世の中、ただより高いものはないって言いますしね。
後でタクシー料金の目安を調べてみたら、ムッシーが乗っていた距離の金額は大体4,000円弱でした。決して安くはありません。さすがに、ここまで来たら耳を揃えて払っていただかないと。こちらもボランティアで始めたわけではないのでね。無賃乗車は、滅ぶべき悪の所業です(同じ理論で、勝手に自宅に上がり込んでいるムッシーにも、「家賃払いなよ」と常々思っています)。
くだらないことを考えていると、いつのまにかムッシーが窓の外側に移動していました。が、依然としてへばりついたままです。窓を閉めてしまおうかとも思ったのですが、窓の淵ギリギリを掴んでいるため、下手に閉めると潰れてしまう可能性がありますし、驚いて内側に戻ってこられても困ります。しかも、器用に足を内側にひっかけ、しっかりとしがみついている模様。どうか、風の勢いで大地に飛び立ってくれますように。もはや私にできるのは、祈ることのみ。
そんなこんなで時間が経ち、会社に近付いてきました。どのように対処するべきかを考えながら窓を確認すると、先ほどまで外側にいたはずムッシーが、内と外の境界線上に居ました。
なんで?
こんなところで待機されたら、窓も閉められないし、内側に飛んでくる可能性だって大いにあります。終わった。このまま会社の駐車場まで来ちゃうよ。どうする? 鞄に入っている水をかける? 傘の先っちょで追い払う?
もうそのまま放置して出勤しちゃう? 最悪の事態をシミュレーションしながら信号待ちをしていた私。ふと右側を見ると、ムッシーは窓から姿を消していました。
えっ、待って! いなくなってうれしいけど、どこに行ったか分からないほうが怖い! 内側に落ちてない!?
再びパニックになりながら、一旦窓を閉めて落ち着きます。
ドアポケットにはいない。私の膝の上にもいない、髪の毛にもいない。ボディにもいない。後部座席にもいない。
こうして、ムッシーは金銭を支払うことなくどこかへ旅立っていきました。完全に不安が無くなったわけではありませんが、ひとまずこれで落ち着いて運転ができます。会社に着くまでにいなくなって本当に良かった。
ちなみに、この騒動により気が動転していたのか、いつも使用する月極駐車場に到着した際、自分が停めるべき場所をど忘れしてしまい、本日何度目かのパニックに陥りました。
いつか、窓にへばりつくムッシーを、そっと摘まんで外に逃がしてあげられるくらい、愛情深いビッグな人間になれますように。そして、ムッシーが乗車料金を支払ってくれる未来が訪れますように。
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