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フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 黄金国の黄昏

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2021年10月の記事一覧

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 2-11

02 カルカンド 状況は加速する11 永遠の別れか    王城の朝が始まり、|夥しい数の人々が職務に付き始めた頃には、ローザ宮の異変の噂は、熾火の如く王城内に広がっていた。周囲への立ち入りを禁じられ、為す術もなく立ち竦む近衛騎士の一団と、仕事の合間を縫って噂を拾い集めに訪れた宮廷雀、主人たる貴族に命じられて様子を伺う陪臣達。そして、一分の隙もなくローザ宮を包囲したままの王国騎士団の存在が、薔薇の宮殿に起こったであろう異常事態を物語っていた。  騒然とした空気の中、最初に姿

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 2-10

02 カルカンド 状況は加速する10 絶望     タラスとスラーヴァ伯爵が、寝室に続くカテリーナの居間に足を踏み入れたとき、正式な側妃に許された色合いの|黄白が、朝日を受けて柔らかに光る室内には、屈辱に燃える二人の王子と、身を寄せ合って震えている三人の王女が、一塊になって監視されていた。一人では着替えの置いてある場所さえ分からない彼らは、寝衣の上に薄い上着を羽織っただけの頼りない姿を晒していた。  平然と入室してきたタラスを目にした瞬間、第四側妃の子の中で最も年長の王子で

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 2-9

02 カルカンド 状況は加速する9 王国騎士団    ロジオン王国の慣わしとして、議会によって選出された正式な妃には、それぞれに花の名を冠した宮殿が与えられる。正妃エリザベタが住まうのは、百合を意味する〈リーリヤ宮〉であり、花の女王の呼び名に|相応しく、洗練の極地ともいうべき典雅な宮殿が聳え立つ。第四側妃カテリーナを主人とする〈ローザ宮〉は、咲き誇る薔薇にも似て豪奢であり、ロジオン王国の底知れない富を感じさせた。  ローザ宮には、カテリーナと五人の子供達が暮らしていた。二

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 2-8

02 カルカンド 状況は加速する8 恥辱の朝  側妃の|不貞を手助けした使用人達が、王国騎士団の騎士に連行される直前、只ならぬ出来事に揺れていたのは、王城を守る近衛騎士団である。純白の生地に黄金の獅子を描いた団旗が翻る近衛騎士団の本部は、異常な緊張と動揺に包まれていた。  夜通し王城の警護に当たっていた近衛騎士によれば、早朝、王国騎士団が突如として第四側妃の住むローザ宮に踏み込み、多くの女官や従僕を捕縛したという。王城内、それも王族に関わる事態であれば、王家直属の組織である

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 2-7

02 カルカンド 状況は加速する7 罪の果て    タラスがスヴォーロフ侯爵を訪ねてから二日後の朝は、抜けるような晴天だった。その美しい青空の下を、麻縄で後ろ手に縛られた幾人もの男女が、裸足のまま引き摺られていた。着ている物は上等な女官服や女中服、或いは王城の|従僕が着る御仕着せである。ロジオン王国の誇る豪華絢爛たる王城で、只ならぬ何かが起こっているのだと、王城の者達は誰もが一目で察していた。  罪人らしき男女を引き連れているのは、濃紺の革鎧を身に付けた三十人程の小隊である

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 2-6

02 カルカンド 状況は加速する6 相克  ロジオン王国の王都ヴァジムは、王城が|聳え立つ丘陵を囲むように広がる、美しくも洗練された都である。王城に最も近い外周には、五家の公爵家を始めとする高位貴族の大邸宅が豪奢を競い、更にその外周には、地方領主達の王都屋敷が立ち並ぶ。ロジオン王国に存在する八百余の貴族家の内、半数程の貴族達は、この貴族街に屋敷を構えているのである。  貴族街の外周の一角、高位貴族と地方領主の端境とも言える区画に、一際目立つ屋敷が有った。侯爵家の屋敷にも匹敵

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 2-5

02 カルカンド 状況は加速する5 急転    賢者の間での会議を終えた後、ロジオン王国の本宮殿であるヴィリア大宮殿の宰相執務室で、スヴォーロフ侯爵は執務を行っていた。洗練された統治機構を有するロジオン王国に|於いて、宰相の役割は極めて大きく、大部分の省庁は宰相府の指揮下にある。王国の絶対君主たるエリク王を除けば、スヴォーロフ侯爵こそが王国政治の頂点だった。  広々とした宰相執務室には、装飾らしきものは殆どない。万事に合理的なスヴォーロフ侯爵は、執務の場を飾り立てることを嫌

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 2-4

02 カルカンド 状況は加速する4 苦悩    ヴィリア大宮殿の賢者の間に|於いて、召喚魔術の可否を判断するという名目で行われた、心を削るばかりの会議を終えて、ゲーナは叡智の塔の執務室に帰り着いた。ゲーナを待っていたのは、憂い顔のアントーシャだった。アントーシャは、秘書役の魔術師達に席を外させ、落ち着かない気持ちを抑えて、只一人、ゲーナの首尾を案じていたのである。 「御帰りなさい、大叔父上。御疲れ様でした」  暗い表情で賢者の間を出てきた筈のゲーナは、アントーシャに脱い

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 2-3

02 カルカンド 状況は加速する3 薔薇色の王女  国王が居住するボーフ宮殿、その庭園の一角に造られたガゼボで、エリク王は今を盛りと咲き誇る花を眺めていた。単なる|四阿に過ぎないとはいえ、そこは大ロジオンの国王宮に設えられた設備である。壮麗な宮殿の中にあって、敢えて自然な趣を演出する庭園に溶け込むよう、計算され尽くした素朴さを持たせながらも、その造りは豪奢を極めていた。  庭園の自然な風情に合わせて、ガゼボの周りの風景も、穏やかな雰囲気に満ちていた。大国の君主であるエリク王

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 2-2

02 カルカンド 状況は加速する2 賢者の間  この日、ロジオン王国の王城に|聳え立つ、壮麗なヴィリア大宮殿の一室にして、歴代の王族や大貴族達が、密かに重要な会議を繰り返してきた〈賢者の間〉には、既に殆どの参加者が集っていた。  賢者の間の中央に設られた、飴色の大きな円卓に座しているのは、五人の貴顕達である。会議の主宰者たる宰相スヴォーロフ侯爵が中央の議長席に着き、右手側から順に、召喚魔術の発案者であるクレメンテ公爵とパーヴェル伯爵、ゲーナ・テルミン魔術師団長。そして、艶の

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 2-1

既刊『フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 黄金国の黄昏』を大幅リニューアルしたものを、投稿しております。 同じものを小説家になろうでも連載中です。 opsol bookオプソルブックより書籍化された作品に加筆修正を加えたリニューアル版で、改めての書籍化も決定しており、2022年春期刊行予定となっています! ・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・- 02 カルカンド 状況は加速する1 一つの忠誠  ロジオン王国の王城が|聳

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 1-7

01 ロンド 人々は踊り始める7 運命の輪    |叡智の塔の最上階、ロジオン王国の魔術師団長の専用区画である十三階は、緊迫感に包まれていた。召喚魔術の行使を決めたロジオン王国に対し、ゲーナは〈黄昏の鐘が聞こえる〉と言った。それは、己が忠誠を誓う筈の王国に対して、滅びを予言する暗喩に他ならない。ロジオン王国の未来を危ぶむゲーナの言葉に、アントーシャは、さり気なく壁の一点へと視線を流した。 「何も案じることはない、アントン。忌々しい盗聴の魔術機器は、既に別の物にすり替えてお

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 1-6

01 ロンド 人々は踊り始める6 祈り    ロジオン王国の北西部に位置するオローネツ辺境伯爵領は、王国でも屈指の面積を誇る大領である。北西の方角から|更に北へ、細く長く伸びる領地は、スノーラ王国との国境線や、人類未到の地であるアファヌナーシ大森林に接する。ロジオン王国にとって、正しく北の防衛線ともなるべき辺境地なのである。  ロジオン王国の爵位は、上から公爵、侯爵、辺境伯爵を含む伯爵、子爵、男爵、騎士爵の順となる。最上位の公爵家は、初代が王族、若しくは王家より降嫁した王

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 1-5

01 ロンド 人々は踊り始める5 もう一人の王子    ヴィリア大宮殿の一画に設けられた財務府の|貴賓室には、その日、何組かの客が訪れていた。秋口に迫る来年度の国家予算案の策定に向け、財務大臣を補佐する高官達が、幾つかの組織の責任者を招いては、予算についての意見を聞き取っていたのである。  実務的な場に相応しく、紺色や灰色の控え目なジュストコールを纏うのは、財務府付きの貴族達であり、絹の御仕着せを着用しているのは、苛烈な選抜試験を勝ち抜いた文官達である。大ロジオンの政治の