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神霊術少女チェルニ〈連載版〉

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『小説家になろう』で大好評連載中! 須尾見蓮先生による『神霊術少女チェルニ〈連載版〉』を、こちらからまとめて読むことができます。 ※本連載投稿は、『小説家になろう』に連載されてい… もっと読む
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2022年10月の記事一覧

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-26

 大成功のうちに〈勝負の食事会〉を終え、王都の家に帰ったとき、わたしたちを待っていたのは、神霊庁からの手紙だった。もちろん、無造作に郵便受けに入れられていたわけじゃなく、白木の郵便箱を捧げ持って、郵便馬車の配達員さんが、玄関前に直立していたんだけど。  神霊庁の手紙については、以前、ヴェル様に教えてもらったことがあった。ありとあらゆる神事を司る神霊庁だから、郵便一つをとっても、昔からの意味としきたりがあるんだって。  例えば、神使の位にある人が、神職として手紙を出す場合、

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-25

〈天上天下に並びなく 四方万里に轟き渡る 菩薩の威光 弥栄 衆生を救いし観世音 大慈大悲の尊けれ〉  わたしの耳元で降ろされた、アマツ様の言霊は、やがて、誇らかで朗々とした響となって、部屋中を満たしていった。わたしは、言霊に込められた重さ……いわば、神威とでもいうべきものに圧倒されて、半ば意識を失いかけていた。本当に、それは何て巨大だったんだろう!  呆然として、ふらふらしながら立ちすくんでいた、わたしの身体を、純白の光の帯と、真紅の光の帯が、ぐるぐるっと巻き込んでく

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-24

「わたしの親友、今も忘れられない唯一の友達である愛犬が、毒味のせいで死んでいなかったら、わたしは今、この席にはいなかったでしょう」  そういって、サミュエル会頭は、お祈りをするみたいに顔を伏せ、固く目をつむった。それまで、サミュエル会頭の頭に乗っかっていた、神霊さんっぽい犬は、まるで慰めているみたいに、サミュエル会頭の頭に、一生懸命に頬をこすりつけている。その姿が、ものすごく健気で、いじらしくて、事情もわからないうちに、何だか泣きそうになっちゃったよ、わたし。  そのうち

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-23

〈さあ、それでは、一品目の前菜からでございます。どんな意味を持つ会であれ、《野ばら亭》のマルーク・カペラの料理が出されるのなら、そこには純粋な喜びがあるだけですわ。皆様、どうぞ召し上がれ〉  そんなお母さんの言葉と共に、いよいよ〈勝負〉の食事会が始まった。大きな個室には、物件の売り主である、サミュエル・ロッサリオ会頭や奥様たち。もう一つの個室には、わたしとアリアナお姉ちゃん、フェルトさん、総隊長さん、アランさんの五人がいる。  本当だったら、わたしたちまでご飯を食べる必要

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-22

 冷たく澄んだ空気が、間近に迫った冬の訪れを感じさせる日、我がカペラ家は、運命の〈勝負〉に挑もうとしていた……なんて、物語の書き出しを真似て、自分に気合を入れているんだけど、実際には、深刻な問題が起こったわけじゃない。わたしたちは、ある人に、お父さんの料理を食べてもらうために、出かけようとしているんだ。  わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんが、フェルトさんと一緒に王城に行ったのは、一昨日のことだった。オディール姫が、女大公になって、フェルトさんが、その後継ぎになる以上、宰

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-21

 ルーラ王国の未来のために、大公家の隅々まで、徹底的に〈家探し〉をしよう。もしかすると、〈宝探し〉かもしれないけど……宰相閣下は、そういって楽しそうに笑った。  ルーラ元大公は捕まえたけど、確実に罪に問い、すべてを明白にするには、はっきりとした証拠が要る。宰相閣下は、オディール様を、ルーラ大公家の当主にすることで、何一つ隠さず、協力してもらおうとしているんだ。  実をいうと、オディール様が女大公になるとか、フェルトさんが大公家の後継ぎになるとか、誰かから聞かされるたびに、

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-20

 〈神問〉。  ルーラ王国の法務大臣閣下、わたしにとっては、レフ様のお父さんであるネイラ侯爵閣下の口から、その言葉が紡がれた瞬間、またしても世界が揺れた。今度は、不穏な騒めきじゃなくて……何だろう、この感じ?  わたしたちの暮らしている現世の遥か上、誰も行くことのできない天上で、尊い神霊さんたちが、一気に活気づいたような気がする。強いていえば、楽しみな計画を教えてもらった子供たちが、瞳を輝かせて待っているような……。神霊さんに対して、不敬な表現かもしれないけど、そんな無邪

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-19

 王太子殿下が、たくさんのお付きの人を従えて、宰相執務室を出て行った瞬間、部屋中に何ともいえない空気が広がった。安心したようでもあり、深刻なようでもあり、怒っているようでもあり、戸惑っているようでもあり……。壁際に整列していた人たちのうちの誰かが、押し殺したため息を漏らすまで、緊張は続いていたんだ。  最初に声を出したのは、宰相執務室の主人である、宰相閣下だった。宰相閣下は、きびきびとした動きで椅子に腰かけ、柔らかく表情を緩めてから、文官さんの方に向かっていった。 「

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-18

「神去りて 開けゆく朝こそ 目出たけれ 神は神の世 人は人の世」  王太子殿下が、そう詠んだ途端、世界が揺れた。比喩ではなく、本当に。お父さんやお母さんには、わからなかったみたいだけど、遥かに高い天上で、神霊さんたちがざわめく気配が伝わってくる。そして、神霊さんたちに呼応するみたいに、わたしたちが見ている空も、立っている大地も、漂う空気までもが、耳には聞こえない音を立てて、軋んだ気がするんだ。  〈神託の巫〉の宣旨を受けたとはいえ、十四歳の少女でしかないわたしには、王

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-17

「王太子殿下より、ご伝言の使者がございました。只今より、宰相閣下の執務室にお越しになられるとのことでございます。いかがいたしますか、閣下?」  宰相執務室の扉を守っていた、近衛騎士の一人が、困った顔でそういった瞬間、なごやかだった部屋の空気が、一気に緊張した。わたしと視界を共有している、子雀のアーちゃんなんて、アリアナお姉ちゃんの肩の上で、びくって身体を震わせたくらいなんだ。  一人だけ、小さくため息を吐いたのは、悠然と座っていた宰相閣下で、他の人たちは、静かな微笑みを浮

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-16

 アリアナお姉ちゃんとフェルトさんたちを乗せた馬車は、ゆっくりと王都の馬車道を進んでいった。子雀のアルフォンソ、小さくて可愛いアーちゃんは、状況を察することのできる雀なので、馬車の中の様子は流れてこない。アリアナお姉ちゃんは、いつも通りにほんわかとしていて、フェルトさんはお姉ちゃんに視線を吸い寄せられていて、総隊長さんとアランさんは、それを微笑ましく見てくれているんだろう。  ときどき、馬車の窓から見える景色が、頭の中に流れてくるのは、アーちゃんの気配りだと思う。人で賑わう表

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-15

 わたしたちの暮らすルーラ王国では、それぞれの街ごとに、守備隊って呼ばれる組織が作られている。住民の安全を守るための専門の部隊……むずかしい言葉でいうと、〈治安維持のための准騎士団〉なんだ。  正式な騎士っていうのは、自分の主君に忠誠を誓い、それを認められた人たちのことをいう。国王陛下に忠誠を誓った近衛騎士団や王国騎士団、大公に忠誠を誓った大公騎士団は、その代表的なものだろう。レフ様を熱烈に崇拝しちゃってる、今のルーラ王国騎士団が、ちゃんとした騎士団といえるかどうかは、か

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-14

 町立学校の卒業式の翌日、わたしたち家族は、王都に向かって出発した。本格的な引っ越しは、もう少し先なんだけど、アリアナお姉ちゃんの王城訪問っていう、とんでもない予定が入っちゃったから、急いで王都の家に行くことになったんだ。  〈野ばら亭〉で働いてくれている、優しいルルナお姉さんは、何人かの従業員さんと一緒に、朝のうちから王都に向かってくれた。新しいお店の用事だけじゃなく、わたしたちの家の準備もしてくれるんだって。もちろん、わたしだって、一生懸命にお手伝いするけどね。  ル

連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-13

「ひーー!! いっ、今、何ていったの、チェルニ!! すっ、好きな人って、こっ、こっ、婚約って、嘘でしょーー!!」  キュレルの街の往来に、ジャネッタの絶叫が響き渡った。わたしの唯一の親友であるジャネッタは、年齢のわりに落ち着いた子で、大きな声を出したりすることもめずらしいのに、横にいて耳が痛いくらいの声だった。  ロザリーとの、あんまり会話にもならなかった話し合いや、ジャネッタからの〈憎んでいた〉発言で、わたしは、かなり傷ついていた。しばらくは回復できないんじゃないかって