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フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 黄金国の黄昏

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フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-10

05 ハイムリヒ 運命は囁く10 宣言  短くはない時間を掛けて、真実の間で起こった出来事を語り終えたアントーシャは、もう一度深々と頭を下げた。頬には薄く涙の跡が光っていたものの、表情は晴々と明るく、見る者を安心させるだけの力強さが有った。 「ベルーハの指摘の御陰で、ぼくは最後に父上に御目に掛かることが出来ました。そして、父上が残して下さった鍵を通して、ぼく達の魂と霊は固く結び付けられました。今でも悲しくて|堪らず、耐えがたい気持ちになる瞬間は有りますけれど、ぼくは大丈夫

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-9

05 ハイムリヒ 運命は囁く9 約束  召喚魔術の術式を破壊した直後、真実の間に立ち|竦み、星灯さえない虚無の夜空を見詰めていたアントーシャは、ゲーナの死と同時に出現した光球の軌跡を、絶望の眼差しで追っていた。微かに瞬く淡い黄色の光球は、人の身体を司る〈魄〉である。壮絶に四散したことによって、司るべき身体を失ったゲーナの魄は、瞬く間に微かな光さえも消し去り、何処とも知れない空に融けていった。人ならぬアントーシャの霊眼には、ゲーナの魄が身体としても記憶を失い、新しい熱量体とし

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-8

05 ハイムリヒ 運命は囁く8 再会  オローネツ城の領主執務室では、オローネツ辺境伯と|家令のイヴァーノが、落ち着かない面持ちで書類に向かい合っていた。その日だけでも何度目になるのか分からない溜息を吐きながら、オローネツ辺境伯は眉間を指先で揉んだ。 「それにしても、アントンは何を考えているのだろう。あの子なら、瞬時に何処へでも転移出来るというのに、王都からオローネツ城まで、十日以上も掛けて馬で訪ねて来るなどと。やはり、何か理由が有るのであろうな」  オローネツ辺境伯が

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-7

05 ハイムリヒ 運命は囁く7 旅立ち  ゲーナの遺品の整理を終えたアントーシャは、腰を落ち着ける時間さえ持とうとはせず、早々に王都ヴァジムを後にした。ゲーナと暮らしていた邸宅には、アントーシャの許しを得た者だけが立ち入れるように魔術を掛け、着の身着のままの出立である。魔術|触媒も魔術陣も必要とせず、超長距離を転移することの出来るアントーシャは、敢えて領地までの長い旅を選んだのだった。  アントーシャが継承したテルミン子爵領は、ゲーナが魔術師団長として王都に縛り付けられて

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-6

05 ハイムリヒ 運命は囁く6 痛み  召喚魔術の失敗によって、|叡智の塔を揺るがす大惨事を引き起こして以来、ダニエはパーヴェル伯爵邸に引き籠っていた。聖紫石諸共に捥ぎ取られた右腕は、直ぐに止血と治療を施されたものの、傷口を平らにする為に再度切断しなくてはならず、ダニエの苦痛は大きかった。四散して命を落としたゲーナを思えば、腕一本の犠牲で助かった幸運を喜ぶべきだったとしても、何日も激痛と発熱に苛まれたダニエには、そう考えるだけの余裕など有りはしなかった。部下の魔術師達に、繰

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-5

05 ハイムリヒ 運命は囁く5 激怒  アリスタリスの正妃を選定する為に、動きを早めようと決意したエリザベタは、不意に視線を流した。アリスタリスの座る椅子の背後、無言で控えているコルニー伯爵とイリヤを、内心の|窺えない瞳で見据えたのである。コルニー伯爵は、顔を伏せる仕草で王妃の視線を憚り、イリヤは僅かに身を震わせた。 「殿下への支持と言えば、そなた達は二人して、地方領主の下を回っているのだったわね。殿下から伺っていますよ。直答を許します。どう進んでいるのか、わたくしに状況

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-4

05 ハイムリヒ 運命は囁く4 訪れし日に  その日、リーリヤ宮に居るアリスタリスの下を密かに訪れたのは、コルニー伯爵とイリヤだった。元第四側妃の|不貞に端を発した騒動から約一月、近衛騎士団に対する厳しい非難の眼差しも、漸く薄れ始めた頃である。  鍛え上げた長身に、近衛騎士団の純白の団服を纏ったイリヤは、既に元第四側妃の不貞に関する謹慎が明け、近衛騎士団の連隊長職に復帰している。一方のコルニー伯爵は、近衛騎士団長の地位を返上する覚悟を固めてはいるものの、未だに王城からの引

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-3

05 ハイムリヒ 運命は囁く3 意味するものは  聖王の間での一幕を終え、エリク王とタラスがボーフ宮に戻ろうとする頃、一組の客が王の帰りを待っていた。タラスによって事前に呼び出されていた、王国騎士団長のスラーヴァ伯爵と副官のミカル子爵である。ロジオン王国の王が住まう特別な宮殿に、初めて訪問する機会を得たミカル子爵は、落ち着かない様子で言った。 「|私くしがボーフ宮に参上するなど、想像もしておりませんでした。ロジオン貴族の端くれとして、豪華絢爛な宮殿はヴィリア本宮殿で慣れて

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-2

05 ハイムリヒ 運命は囁く2 変転  その日、クレメンテ公爵とスヴォーロフ侯爵は、エリク王の名で内々の呼び出しを受けていた。面会の場として指定されたのは、王の私室の有るボーフ宮ではなく、ロジオン王国の本宮殿たるヴィリア大宮殿である。ロジオン王国の王が、高位貴族や外国の使者を正式に|引見するときに使われる〈聖王の間〉で、彼らは王を待っていた。  聖王の間には、王の玉座として黄白の豪奢な椅子が設えられており、それ以外には椅子も家具も置かれていない。扉から玉座まで、王が進む道筋

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-3

04 アマーロ 悲しみは訪れる3 月影  その夜半、アリスタリスの住まうリーリヤ宮を、密かに訪れた者達がいた。王妃の宮殿であるリーリヤ宮には、蟻の|這い入る隙間もない厳重さで、昼夜を問わず近衛騎士団が警護に当たっていたが、忠実な筈の近衛騎士達は、誰も訪問者を咎めようとはしない。深く被ったローブを一礼して覗き込み、訪問者の顔を確認するだけで、何も聞かないまま次々に行く道を開けていった。  リーリヤ宮の使用人が出入りする通用口から、静かに宮殿内に滑り込んだところで、訪問者達は

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-2

04 アマーロ 悲しみは訪れる2 妃の謀略  その夜のクレメンテ公爵は、|賓客を迎える為に造営されたラードゥガ宮、壮麗を極めた〈虹の宮殿〉の一室で、数人の腹心達と向かい合っていた。広々と豪奢な部屋は、クレメンテ公爵が王城を訪れた折に自由に使えるよう、王家から特別に与えられたものである。茶会が開ける程の広さを持った貴賓室に、幾つかの控えの間を備え、クレメンテ公爵が宿泊出来る寝室には続きの居間もある。ラードゥガ宮にこれだけの部屋数を有しているのは、王妃の実家であるグリンカ公爵家

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-1

既刊『フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 黄金国の黄昏』を大幅リニューアルしたものを、投稿しております。 同じものを小説家になろうでも連載中です。 opsol bookオプソルブックより書籍化された作品に加筆修正を加えたリニューアル版で、改めての書籍化も決定しており、2022年春期刊行予定となっています! ・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・- 04 アマーロ 悲しみは訪れる1 姉と弟  ロジオン王国暦五一四年六月七日

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 3-15

03 リトゥス 儀式は止められず15 鍵  王都であるヴァジムの中心地、王城にも近い一等地に建つ屋敷の居間で、ゲーナはアントーシャの帰りを待っていた。貴族の邸宅にはめずらしく、|鬱蒼と茂った木々に囲まれた屋敷は、容易に人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていながらも、どこか清々しく落ち着いた佇まいで、ゲーナに安らぎを与える場所だった。  長椅子に寝そべり、分厚い書物を読んでいたゲーナは、何処からともなく聞こえてきた涼やかな鈴の音に、穏やかな微笑みを浮かべた。書物を置いたゲーナが

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 3-8

03 リトゥス 儀式は止められず8 襲撃  オローネツ辺境伯爵領の村を襲った第七方面騎士団の騎士達を、瞬く間に|屠ったルーガとその部下達は、生かしたまま捕えておいた三人の騎士を荷馬車に乗せ、オローネツ辺境伯爵の居城を目指していた。ルーガが差配を任されている代官屋敷からオローネツ城までは、馬車で二日程の距離である。その短くもない旅の行程で、三人の罪人は最低限の水分以外、麦の一粒も与えられず、乱暴に荷馬車に積み重ねられていた。  やがて一行の道行もそろそろ終わろうかという頃、ル