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フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 黄金国の黄昏

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フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-7

05 ハイムリヒ 運命は囁く7 旅立ち  ゲーナの遺品の整理を終えたアントーシャは、腰を落ち着ける時間さえ持とうとはせず、早々に王都ヴァジムを後にした。ゲーナと暮らしていた邸宅には、アントーシャの許しを得た者だけが立ち入れるように魔術を掛け、着の身着のままの出立である。魔術|触媒も魔術陣も必要とせず、超長距離を転移することの出来るアントーシャは、敢えて領地までの長い旅を選んだのだった。  アントーシャが継承したテルミン子爵領は、ゲーナが魔術師団長として王都に縛り付けられて

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-6

05 ハイムリヒ 運命は囁く6 痛み  召喚魔術の失敗によって、|叡智の塔を揺るがす大惨事を引き起こして以来、ダニエはパーヴェル伯爵邸に引き籠っていた。聖紫石諸共に捥ぎ取られた右腕は、直ぐに止血と治療を施されたものの、傷口を平らにする為に再度切断しなくてはならず、ダニエの苦痛は大きかった。四散して命を落としたゲーナを思えば、腕一本の犠牲で助かった幸運を喜ぶべきだったとしても、何日も激痛と発熱に苛まれたダニエには、そう考えるだけの余裕など有りはしなかった。部下の魔術師達に、繰

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-5

05 ハイムリヒ 運命は囁く5 激怒  アリスタリスの正妃を選定する為に、動きを早めようと決意したエリザベタは、不意に視線を流した。アリスタリスの座る椅子の背後、無言で控えているコルニー伯爵とイリヤを、内心の|窺えない瞳で見据えたのである。コルニー伯爵は、顔を伏せる仕草で王妃の視線を憚り、イリヤは僅かに身を震わせた。 「殿下への支持と言えば、そなた達は二人して、地方領主の下を回っているのだったわね。殿下から伺っていますよ。直答を許します。どう進んでいるのか、わたくしに状況

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-4

05 ハイムリヒ 運命は囁く4 訪れし日に  その日、リーリヤ宮に居るアリスタリスの下を密かに訪れたのは、コルニー伯爵とイリヤだった。元第四側妃の|不貞に端を発した騒動から約一月、近衛騎士団に対する厳しい非難の眼差しも、漸く薄れ始めた頃である。  鍛え上げた長身に、近衛騎士団の純白の団服を纏ったイリヤは、既に元第四側妃の不貞に関する謹慎が明け、近衛騎士団の連隊長職に復帰している。一方のコルニー伯爵は、近衛騎士団長の地位を返上する覚悟を固めてはいるものの、未だに王城からの引

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-3

05 ハイムリヒ 運命は囁く3 意味するものは  聖王の間での一幕を終え、エリク王とタラスがボーフ宮に戻ろうとする頃、一組の客が王の帰りを待っていた。タラスによって事前に呼び出されていた、王国騎士団長のスラーヴァ伯爵と副官のミカル子爵である。ロジオン王国の王が住まう特別な宮殿に、初めて訪問する機会を得たミカル子爵は、落ち着かない様子で言った。 「|私くしがボーフ宮に参上するなど、想像もしておりませんでした。ロジオン貴族の端くれとして、豪華絢爛な宮殿はヴィリア本宮殿で慣れて

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-2

05 ハイムリヒ 運命は囁く2 変転  その日、クレメンテ公爵とスヴォーロフ侯爵は、エリク王の名で内々の呼び出しを受けていた。面会の場として指定されたのは、王の私室の有るボーフ宮ではなく、ロジオン王国の本宮殿たるヴィリア大宮殿である。ロジオン王国の王が、高位貴族や外国の使者を正式に|引見するときに使われる〈聖王の間〉で、彼らは王を待っていた。  聖王の間には、王の玉座として黄白の豪奢な椅子が設えられており、それ以外には椅子も家具も置かれていない。扉から玉座まで、王が進む道筋

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 5-1

既刊『フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 黄金国の黄昏』を大幅リニューアルしたものを、投稿しております。 同じものを小説家になろうでも連載中です。 opsol bookより書籍化された作品に加筆修正を加えたリニューアル版で、改めての書籍化も決定しており、2022年春期刊行予定となっています! ・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・- 05 ハイムリヒ 運命は囁く1 別れ  王城を揺るがせた召喚魔術から十日程後、ゲーナによ

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-14

04 アマーロ 悲しみは訪れる14 結末  右手で小さな聖紫石を握り締め、ゲーナの足元に埋め込まれた巨大な聖紫石に向かって、全力で次元の壁を突破する為の魔力を注ぎ始めたダニエは、|直ぐに悲鳴のような声を上げた。召喚対象者を掴んだままの術式は、ダニエの想像を遥かに超え、異常としか言えない程の質量を有していたのである。 「何という重さだ。星を引き寄せているわけでもないのに、余りにも、余りもに重過ぎる。何とか次元の壁を超えたとしても、これでは上手く制御できないかも知れない。十二

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-12

04 アマーロ 悲しみは訪れる12 発見  その頃、儀式の間では、緊張と興奮が最高潮に達しようとしていた。四つの正三角形が赤い光線を描いて完成したとき、ゲーナの足元の聖紫石は、真紅に変色して強く発光した。ダニエは必死に興奮を押し殺しながら、儀式の間にいる|賓客に告げた。 「成功致しました。召喚対象を確保し、魔術陣の中に固定致しました。これから、儀式の間に召喚する為の術式に移ります。この世と異なる次元、異なる界の存在が、遂に証明されようとしているのでございます。有史以来の大

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-13

04 アマーロ 悲しみは訪れる13 手にしたものは  |蹲って鮮血を吐き出すゲーナと、決死の形相で聖紫石を握り締めたダニエが、全力で魔力を振り絞ろうとしている最中、アントーシャの投げ入れた熱量体を掴んだ魔術陣は、儀式の間へと戻る為、正に次元の壁を超えようとしていた。深い苦悩を浮かべた表情で、魔術陣の動きを見定めていたアントーシャは、光線が次元の壁に触れようとした瞬間、己が創り出した熱量体の質量を、それまでの十倍に引き上げた。  急激に質量を増した熱量体に耐え切れず、ゲーナ

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-11

04 アマーロ 悲しみは訪れる11 痕跡  ゲーナが|施した封印を解除し、生まれて初めて解き放たれたアントーシャは、真実の間に留まったまま、自身の力と向き合っていた。封印のない状態を知らないアントーシャにとって、突然齎された巨大な力は、想像を超えるものだったのである。  ロジオン王国に於ける魔術の頂点であり、世界最高の魔術の殿堂でもある叡智の塔に於いて、アントーシャが持つ魔力量は、平均的な魔術師の水準だと考えられていた。大きな魔力を持って生まれた者は、己の魔力を自在に操れ

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-10

04 アマーロ 悲しみは訪れる10 次元の彼方  アントーシャの封印が解き放たれた丁度その頃、異様な緊張を孕んだ儀式の間では、ゲーナの行使する魔術によって、召喚対象の探索が続いていた。ゲーナの魔力を注ぎ込んだ魔術陣が、青白く発光する様子を注視しながら、エリク王は|傍らのタラスに囁いた。 「ゲーナ・テルミンの魔力量は、流石に甚大であるな。並の魔術師であれば、既に魔力が枯渇しておろう。これで儀式は始まったばかりだというのだから、ゲーナが衰えた後は、召喚魔術の再現など不可能であ

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-9

04 アマーロ 悲しみは訪れる9 その瞳は  儀式の間で召喚魔術が行われようとする丁度その頃、アントーシャは、三匹の猫達と共に不思議な空間にいた。広いといえば地平線も見えない程に広く、狭いといえば一つの部屋程にも狭い。上下左右の区別も有るといえば有り、ないといえばない。曖昧なまま|仄かに光る空間こそは、アントーシャの〈真実の間〉だった。  魔術師にとって真実の間とは、己の魔力によって作り上げた〈界〉を意味し、そこには物質的な制約は存在しない。謂わばアントーシャの精神世界に

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-8

04 アマーロ 悲しみは訪れる8 儀式の間  ロジオン王国の誇る魔術の殿堂、王国中から選りすぐりの魔術師達を集めた|叡智の塔には、〈儀式の間〉と呼ばれる空間がある。鬱蒼と茂る樹木と目眩しの魔術陣によって、幾重にも隠蔽されたその空間は、叡智の塔の裏庭に建つ儀式用の別棟である。二十セルラの四角形の構造で、中央部に造られた吹き抜けの塔頂部もまた、二十セルラの高さとなっている。詰まり、召喚魔術の舞台となる儀式の間は、正確な正四角錐形の建築物なのである。  外側から眺めると、儀式の