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フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 黄金国の黄昏

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#連載小説

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-14

04 アマーロ 悲しみは訪れる14 結末  右手で小さな聖紫石を握り締め、ゲーナの足元に埋め込まれた巨大な聖紫石に向かって、全力で次元の壁を突破する為の魔力を注ぎ始めたダニエは、|直ぐに悲鳴のような声を上げた。召喚対象者を掴んだままの術式は、ダニエの想像を遥かに超え、異常としか言えない程の質量を有していたのである。 「何という重さだ。星を引き寄せているわけでもないのに、余りにも、余りもに重過ぎる。何とか次元の壁を超えたとしても、これでは上手く制御できないかも知れない。十二

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-12

04 アマーロ 悲しみは訪れる12 発見  その頃、儀式の間では、緊張と興奮が最高潮に達しようとしていた。四つの正三角形が赤い光線を描いて完成したとき、ゲーナの足元の聖紫石は、真紅に変色して強く発光した。ダニエは必死に興奮を押し殺しながら、儀式の間にいる|賓客に告げた。 「成功致しました。召喚対象を確保し、魔術陣の中に固定致しました。これから、儀式の間に召喚する為の術式に移ります。この世と異なる次元、異なる界の存在が、遂に証明されようとしているのでございます。有史以来の大

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-13

04 アマーロ 悲しみは訪れる13 手にしたものは  |蹲って鮮血を吐き出すゲーナと、決死の形相で聖紫石を握り締めたダニエが、全力で魔力を振り絞ろうとしている最中、アントーシャの投げ入れた熱量体を掴んだ魔術陣は、儀式の間へと戻る為、正に次元の壁を超えようとしていた。深い苦悩を浮かべた表情で、魔術陣の動きを見定めていたアントーシャは、光線が次元の壁に触れようとした瞬間、己が創り出した熱量体の質量を、それまでの十倍に引き上げた。  急激に質量を増した熱量体に耐え切れず、ゲーナ

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-11

04 アマーロ 悲しみは訪れる11 痕跡  ゲーナが|施した封印を解除し、生まれて初めて解き放たれたアントーシャは、真実の間に留まったまま、自身の力と向き合っていた。封印のない状態を知らないアントーシャにとって、突然齎された巨大な力は、想像を超えるものだったのである。  ロジオン王国に於ける魔術の頂点であり、世界最高の魔術の殿堂でもある叡智の塔に於いて、アントーシャが持つ魔力量は、平均的な魔術師の水準だと考えられていた。大きな魔力を持って生まれた者は、己の魔力を自在に操れ

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-10

04 アマーロ 悲しみは訪れる10 次元の彼方  アントーシャの封印が解き放たれた丁度その頃、異様な緊張を孕んだ儀式の間では、ゲーナの行使する魔術によって、召喚対象の探索が続いていた。ゲーナの魔力を注ぎ込んだ魔術陣が、青白く発光する様子を注視しながら、エリク王は|傍らのタラスに囁いた。 「ゲーナ・テルミンの魔力量は、流石に甚大であるな。並の魔術師であれば、既に魔力が枯渇しておろう。これで儀式は始まったばかりだというのだから、ゲーナが衰えた後は、召喚魔術の再現など不可能であ

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-9

04 アマーロ 悲しみは訪れる9 その瞳は  儀式の間で召喚魔術が行われようとする丁度その頃、アントーシャは、三匹の猫達と共に不思議な空間にいた。広いといえば地平線も見えない程に広く、狭いといえば一つの部屋程にも狭い。上下左右の区別も有るといえば有り、ないといえばない。曖昧なまま|仄かに光る空間こそは、アントーシャの〈真実の間〉だった。  魔術師にとって真実の間とは、己の魔力によって作り上げた〈界〉を意味し、そこには物質的な制約は存在しない。謂わばアントーシャの精神世界に

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-8

04 アマーロ 悲しみは訪れる8 儀式の間  ロジオン王国の誇る魔術の殿堂、王国中から選りすぐりの魔術師達を集めた|叡智の塔には、〈儀式の間〉と呼ばれる空間がある。鬱蒼と茂る樹木と目眩しの魔術陣によって、幾重にも隠蔽されたその空間は、叡智の塔の裏庭に建つ儀式用の別棟である。二十セルラの四角形の構造で、中央部に造られた吹き抜けの塔頂部もまた、二十セルラの高さとなっている。詰まり、召喚魔術の舞台となる儀式の間は、正確な正四角錐形の建築物なのである。  外側から眺めると、儀式の

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-7

04 アマーロ 悲しみは訪れる7 絆  魔術|触媒も用いず、術式も刻まない転移魔術によって、遥かに遠いオローネツ城を訪れていたゲーナとアントーシャは、僅か一ミル程の間に訪問を終えると、誰にも気付かれない内に、叡智の塔の十三階に戻ってきた。超長距離の転移を終えたばかりとは思えない、晴れやかな表情を綻ばせて、ゲーナは言った。 「有難う、アントン。おまえの御陰で、もう何一つ心残りはなくなった。さあ、後は二人だけで最後の乾杯をするとしよう。別れの杯などと陰気なことは言わずにな」

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-6

04 アマーロ 悲しみは訪れる6 月と猫  ロジオン王国の歴代国王が暮らしてきた栄光の宮殿、この世で最も|豪奢な建物の一つであるボーフ宮の最奥、厳重な上にも厳重に警備を重ねた王の私室で、エリク王は深々と長椅子に身を預けていた。透明な硝子の大窓の向こうには、星空に円やかな月が浮かび、夜更けの密やかな気配を漂わせている。  エリク王の傍には、純白の毛並みを輝かせた小さな猫が身を擦り寄せ、微かに喉を鳴らしていた。スニェーク〈雪〉と名付けられた子猫は、贈り主であるロージナが王女の

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-5

04 アマーロ 悲しみは訪れる5 騎士の矜持  ロジオン王国に於いて王国騎士団長を務めるキース・スラーヴァ伯爵は、腹心の部下であるラザーノ・ミカル子爵と共に、夜半の王城を歩いていた。わざと供の者も連れず、二人だけで歩く道々、スラーヴァ伯爵とミカル子爵の口は滑らかだった。 「|叡智の塔に着いたら、召喚魔術まで間もなくですな、閣下。こうして参上致しましたものの、そのような魔術、果たして成功するものなのでしょうか。私くしには、御伽噺に近しい荒唐無稽な話にしか思えませんが」  

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-4

04 アマーロ 悲しみは訪れる4 受け継がれしもの  召喚魔術を行使する為の儀式まで、遂に残り数ミルにまで迫った深夜、儀式の主役であるゲーナは、|叡智の塔の執務室で人を待っていた。世界一の魔術大国であるロジオン王国で、魔術師団長だけが使うことを許された専用執務室には、ゲーナ以外の人影は見当たらない。史上初めて行われる召喚魔術を前に、心を落ち着けたいというゲーナの願いによって、全ての者が執務室から遠ざけられていたのである。  ゲーナの全身から漂う静謐な気配が、深々と執務室を満

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-3

04 アマーロ 悲しみは訪れる3 月影  その夜半、アリスタリスの住まうリーリヤ宮を、密かに訪れた者達がいた。王妃の宮殿であるリーリヤ宮には、蟻の|這い入る隙間もない厳重さで、昼夜を問わず近衛騎士団が警護に当たっていたが、忠実な筈の近衛騎士達は、誰も訪問者を咎めようとはしない。深く被ったローブを一礼して覗き込み、訪問者の顔を確認するだけで、何も聞かないまま次々に行く道を開けていった。  リーリヤ宮の使用人が出入りする通用口から、静かに宮殿内に滑り込んだところで、訪問者達は

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-2

04 アマーロ 悲しみは訪れる2 妃の謀略  その夜のクレメンテ公爵は、|賓客を迎える為に造営されたラードゥガ宮、壮麗を極めた〈虹の宮殿〉の一室で、数人の腹心達と向かい合っていた。広々と豪奢な部屋は、クレメンテ公爵が王城を訪れた折に自由に使えるよう、王家から特別に与えられたものである。茶会が開ける程の広さを持った貴賓室に、幾つかの控えの間を備え、クレメンテ公爵が宿泊出来る寝室には続きの居間もある。ラードゥガ宮にこれだけの部屋数を有しているのは、王妃の実家であるグリンカ公爵家

フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 4-1

既刊『フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 黄金国の黄昏』を大幅リニューアルしたものを、投稿しております。 同じものを小説家になろうでも連載中です。 opsol bookオプソルブックより書籍化された作品に加筆修正を加えたリニューアル版で、改めての書籍化も決定しており、2022年春期刊行予定となっています! ・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・- 04 アマーロ 悲しみは訪れる1 姉と弟  ロジオン王国暦五一四年六月七日